泣女の宿命

 勇遂の過去の後悔が漏れ出し、芳江はゆっくり寄り添い言葉をかける。年齢を重ねた女性故の母性で、彼の感情を宥める。


「勇遂様——泣女の死因はどれも些細なものばかりなのです、それに当時は貴方様も幼い子供で御座いました。責任を感じる必要は——」


「芳江の婆さん……婆さんは、母さんの死因——知ってるんだろ」


「……承知して、おります」


「……」


 勇遂の肩が震え出し、芳江は静かに肩を摩る。そして心に寄り添う。必死に溜め込む彼を解放するために。


「しかしわたくしは、経緯を知りませぬ。宜しければ、この芳江に——聞かせて頂けますか?」


「芳江の……婆さん……」


「ここには、雅彦様も澪様もおりません——残りの人生も短い婆であるわたくしのみです。墓まで、お持ち致しますから」


 ゆっくりと勇遂は顔を上げ、真隣にいる芳江の顔を見た。細目でニッコリ笑い、絶対的な信頼を示し、彼に意思を委ねる。勇遂の口がゆっくり動き出した。


「……あの日は——親父が旅行に行った日だった。いつも側で支えてくれる感謝の形で、母さんが一泊二日の旅行をプレゼントしたんだ。たまには、泣女の事を忘れて、思いっきり息抜きしてもらう為に」


「……はい」


「親父は友達と旅行に行って——家には、おれと母さんだけだった。普段から母さんには親父が付きっきりだったから、ガキだったおれは母さんを独り占め出来るのが嬉しくて——遊びに行きたいってわがまま言って、色々な所に連れてって貰った。たくさん一緒に遊んだんだ」


「……はい」


「普段泣いてる所ばかり見てたからよ、母さんにはたくさん笑って欲しかった、喜ばせたかったんだ。だからあの日……おれは家にあった、神棚用の神酒を掠め取って、これで元気出せって母さんに渡したんだ。ガキだったからな、大人は酒をあげれば喜ぶって思ってたんだろ」


「それは、さぞ水絵様もお喜びになられたでしょう……」


「母さんは、おれの期待に応えるように酒をその場で飲んでくれた。全部飲み干してすげえ喜んでくれた、ありがとうって頭を撫でてくれたんだ——」


 そこまで語ると、再び勇遂は顔を俯かせる。言葉がなかなか出てこない。強い後悔に押し潰されている彼の背中を、芳江は取り払うように優しく撫でる。


「……大丈夫ですか、勇遂様」


「——神酒を飲み終わった母さんは、凄く眠たそうにしてた。あの時は日が落ちてすぐの時間でよ」


「……はい」


「軽い居眠りのつもりで、母さんは畳に横になっておれに言った——『勇遂、あとでお母さんを起こしてね』ってさ。おれは得意気に起こすって言って、ゆびきりげんまんの約束もした」


「……」



「なのに、おれ——すげえ遊び疲れて、ウトウトしてよ——いつの間にか、母さんの横で……寝ちまったんだ……」


 ぽろ、ぽろ、と俯く勇遂から涙がこぼれた。あの時の記憶が重なり、彼の声が震え出す。


「母さんもさ……おれみたいな、元気なガキの相手する疲労もあったし……強い酒だったし……起きれないのは、無理もねえよ……」


「勇遂様……」


「……一日中、おれが連れ回したから、母さんは泣く暇も無かった……だから夕方以降、涙を流さなきゃ……いけなかったのに……ッ」


 勇遂は両手で頭を抱え、止まらない涙は瓦に落下していく。雨が止み、乾いていた屋根が再び濡れていく。


「……その数時間が……泣女の母さんには、命取りだ……そのまま、二人共起きれず日を跨いで……母さんはそのまま目を……覚まさなかった……」


「……」


「……おれが、起こしてやらなかったから、母さんは……泣けずに死んだんだ……」


「勇遂様、ご自分を責めないで下さいまし……」


「……おれが悪いのに、おれのせいなのに……親父はおれを責めなかった……泣女はうっかり死ぬもんだ……仕方ないって……」


「勇遂様……」


「おれがわがまま言って母さんを疲れさせてなかったら、酒を渡さなければ、あの時に起こしてやってたら……あの日母さんは、死ななかった……死ななかったんだ……!」


 積み重なる後悔を口にして、勇遂は静かに叫び出す。そして涙が止まらない。あの日、水絵が流すべきだった涙を、母の代わりに勇遂は何度も目から流す。


 しかし——その涙は、彼にとってなんの意味も成さないのだ。

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