信用出来ない言葉
「澪ちゃあん、今日の歴史のテストどうだった〜?」
「結構範囲広いし……自信ないかな……礼美ちゃんはどんなかんじ?」
「へへーん、得意分野だし完璧。だって、成績良かったら夏休み前半好きに遊んでいいってお父さんと約束してっからね」
「すごいなあ……そういえば、もうすぐ七月になるし、お祭りシーズンだね」
「お父さんが文化会館長のせいで、毎年夏休み前半はお祭り準備手伝わされて…だから今年は期末テストの為に、お小遣いはたいて予備校行って……ッガチで頑張ってるから、今日はカラオケで発散じゃー!」
昼休み。澪と春日は一つの机にお弁当を広げ、昼食を食べていた。教室内にいる生徒達が一番賑わう時間である。
「おい高城ぉ、ちょっとツラ貸せや」
女子同士の空間にズンッと目つきの悪い勇遂が割って入ってきた。澪は食べていた唐揚げを慌ててごくんと飲み込む。
「えっ……い、今……?」
「今だ。さっさとしろ」
「分かったよぉ……」
これはいつもの事なのか、しょうがないなあという表情で澪はお弁当の蓋を閉める。ふと視界に春日が入った。
「ごめんね礼美ちゃん、すぐ戻るから先食べてて」
「いいよ……いってらっしゃい」
春日は視線を逸らし、はむ…と焼きそばパンを食べる。澪は気まずく苦笑いをしながら立ち上がり、先ゆく勇遂の後をついて行く。
廊下を出てしばらく歩き、澪は勇遂の後ろ姿を見た。がっちりした頼り甲斐のある広い背中。だが上履きの踵を踏みつけ、トイレに行った直後なのか腰あたりが濡れている。だらしない性格が散見され、澪はため息をついた。
「はぁ……勇くんさ、声かけるのはいいけど……礼美ちゃんと一緒の時は控えて欲しくって……」
「なんでだよ」
ぐわっと勇遂が振り返って立ち止まり、ぶつかりそうになった澪は、目を泳がせながら慌てて後退りした。
「う……そ、それは……」
友情を尊重している澪の頭の中にあるのは、春日の事だ。勇遂に好意を寄せている事を知っているので、出来る限り仲良そうな所を見せつけたくないだろう。
「と、とにかく……ッ女子トークの邪魔は、ダメって事なの!」
「しらねぇよ、おれの要件の方が大事だろうが」
俺様気質に勇遂は前を向き、再び歩き始める。澪も春日の想いを勝手に喋る訳にもいかず、黙るしかない。
二人は無言のまま階段にたどり着き、上の階を目指して歩いていると屋上の扉前まで来た。当然扉は施錠されているが、人が来ないので秘密の話をするには絶好の場所だろう。
「さっき、おれのスマホに朝泣いたってメッセージきたけどよ……本当か?」
「う、うん! 本当だよ。今日はもう大丈夫だから勇くん」
「ふーん」
疑いの眼差しのままスッと腰を下ろしヤンキー座りをすると、勇遂は澪の足を隅々まで観察した。下着を覗かれそうな姿勢に、澪は赤面して慌ててスカートを押さえる。
「ゃ……ッゆ、勇くぅん⁉︎」
「手も足も無傷、か……」
確認を終えた勇遂は立ち上がり、ズボンのポッケに両手を突っ込むと、恥ずかしがる澪を見下げて言った。
「もう泣いたと言ってるときゃ、大抵どっか怪我してやがる。澪の悪い癖だ。またしょうもねぇ嘘ついてねぇよな?」
「……もうしないよ……そんな事」
澪の照れ顔は、次第に複雑な表情になっていく。無茶な痛みで涙を作った過去があるのだろう。
「何度だって言うが、泣女の涙は感情からくるもんじゃねぇと意味ねぇのも忘れんなよ」
「わ、分かってるもん!」
「安西家にはな、たまねぎや目薬やあくびで誤魔化そうとしてポックリ死んだアホ泣女が、実際過去に何人もいた記録があんだ。後世で笑いモンにならないよう、澪も努力しろよな」
「ちょっと勇くん! その言い方は歴代泣女様達にしつれいだよぉ!」
澪が一生懸命ぷんすか怒るが、勇遂は聞く耳を持たず勢いをつけて彼女に迫り壁ドンをした。
「嘘ついて明日死んだら、ぶっ殺すぞ?」
勇遂の疑う睨みと鋭い声が澪を拘束した。逃げ場を失った澪は身動きが取れない。一瞬の威圧に対する恐怖と急接近の焦りが彼女の中に駆け巡るが、別の感情が上書きしていく。
「……どうして、信じてくれないの……?」
「澪の言葉は全く信用できねぇからだ」
交わされた言葉は凄く近いのに、信頼に繋がらない。信じて欲しい、確証が欲しいが空回りする。
「本当に……今日は、大丈夫だよ……」
彼の優しい不信感に耐えきれず、澪の目から悔し涙が溢れた。その涙を見た勇遂の鋭い目つきは、次第に和らいでいく。彼女の涙を見届けるのが、確実な安心感に繋がるのだ。
「……そうか。おれが、悪かったよ」
勇遂は静かに下がって、澪の身を自由にする。その謝罪には彼なりの優しさが詰まっている。声がとても暖かい。
「……ッ……ッ」
ぐす…ッと何回も鼻を鳴らしながら、澪は涙を拭う。たくさんの悔しい思いがその涙を生み出した。彼に負担をかけたくない、涙以外では信用を得られない——こんな事の繰り返し。
「……分かったから、もう泣くな」
「……ほんと、勇くんはいじわるだよ……」
いつものやり取りなのか、二人はそれ以上険悪にならなかった。空気を入れ替えようと、勇遂は頭頂部をボリボリ掻いて言った。
「……あのさ、澪。もうすぐ梅雨明けってニュース見たか?」
「あ……その話、
百姓一族の安西家には、毎年梅雨の終わりと共に、降雨の神として神格化した
「だから……今年も、勇くん家にお泊まりだね!」
「そうだな。つうかさ、おれと親父しかいねぇむさ苦しい家に毎年泊まるとか、女子からしたら嫌じゃねぇの?」
「そんな事ないよ? 雅彦おじさん優しいし、芳江おばあちゃんも一緒だし」
澪は手を合わせ、先程泣き出したのが嘘かの様にお泊まりを楽しみしてると見て取れる笑顔を浮かべていた。芳江は、親権放棄された泣女の澪を引き取り、彼女の親代わりとして面倒を見る、先々代泣女を姉に持っていた老婆である。
「どうでもいいが、神事の事把握してんならいい。話はそれだけだ」
勇遂は背中越しに右手を振りながら、階段を降りていく。話は終了したようだ。澪はスマホを手に取り、カレンダーアプリを開く。
「お泊まり……!」
澪は嬉しそうに日時を見る。神事シーズンは、泣女に理解のある人間が安西家に集まる為、勇遂の負担が減る時期である。ふと時刻を見て、まだ昼食を食べている途中だった事を思い出す。
「あ、礼美ちゃん待たせてた……ッ」
スマホを制服のポッケに押し込み、教室に戻ろうと階段を降りるが、次第に足が減速していく。
「礼美……ちゃん……」
浮かれ気分に友情が染み込む。当然春日には、神事の関係で彼の家に御厄介になる事は言えない。毎年隠して来た事だ。
「……知ったら、ショックだよ……ね……」
ずるい事をしてる罪悪感が澪に広がっていく。お泊まりが楽しみで仕方ない自分、春日の好意を応援してるはずなのに、どこか協力出来ていない自分。教室へ戻らなくてはいけない彼女の足は、ずしりと重たかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます