いじめっ子の不良生徒


「なぁ、安西勇遂あんざいゆうとってなんで高城さんをいじめてるんだろうな?」


 高校生達に訪れた短い休み時間。次の授業が始まる合間に、男子生徒が数人窓際に集まって壁に背を預けて言葉を交わす。梅雨の季節で外はザァアと雨が打ち付けている。空気が湿っぽいせいか、本日の話題は、いじめっ子といじめられっ子の話らしい。


「いじめなんかする奴の理由なんてろくでもないだろ。安西は人間のクズを煮詰めたような男だ」


 不機嫌そうに腕を組んでそう言ったのは、輪の中心にいる竹中耕太たけなかこうたである。袖をまくり、ネクタイを緩めた好青年の雰囲気だが口調は荒々しい。


「おいおい、関口。竹ちゃんに安西の話題は禁句だぞ、ご覧の通り即不機嫌だ」


「いやでもさぁ、噂によると小中高と絡んでは泣かせ続けてるらしいじゃん。高城さんに相当恨み持ってそうだよな、親でも殺されたんかな?」


「大人しくて、気遣い出来る優しい高城さんが恨み買う様な事するわけねぇだろ!」


 勝手な解釈に竹中の怒りが爆発し、両手で関口の胸ぐらを掴んだ。


「どぅああ竹中落ち着けよ、何ブチギレてんの⁉︎」


「そりゃあ、竹ちゃんは高城さんの事狙ってるからさ。彼女のマイナス発言も禁句だぞ」


「え……竹中ってああいう地味で、物静かな女子がタイプなん?」


「だ ま れ !」


 胸ぐらから首締めに変わり、死ぬーッと男子達はぎゃあぎゃあ騒ぐ。青春の会話であるが、流石若者の話題飛び交う休み時間というのもあり、聞こえそうで周りには聞こえていない。


 竹中は関口に危害を加えながら、チラッと教室の反対側を見た。視線の先には、壁付近の一番後ろの席に手前に二つ結びした黒髪の女子生徒が、静かにスマホを操作していた。彼女こそ今話題に上がった高校二年生のクラスメイト、高城澪たかしろみおである。


「……俺は単純に、泣かされてる高城さんがほっとけないだけだ」


 竹中は照れ臭そうに周りの男子達に、そう言った。ヒューヒューと友達達から幼稚に冷やかされるが、素直にいじめられっ子を守ってあげたい正義漢を象徴する一言である。


「お、噂をすれば来たぞ安西だ……」


 周りが一気にざわつく。不良生徒を地で行く男子が教室に入ってきた。ツーブロックの黒髪にネクタイをせず、ズボンの裾を上げ、不快感を覚える人相と、いじめっ子の見た目を裏切らない。午前授業も後半に入ったタイミングで登校したのは、例の男子生徒の安西勇遂あんざいゆうとだ。


「おい、高城ぉ」


 優しさのカケラもない声かけ。高城澪たかしろみお安西勇遂あんざいゆうとは隣同士の席である。周りがざわめく中、澪は顔を上げた。


「おッ……おはよ。勇くん……。遅刻は、ダメだよ。単位足りなくなっちゃうよ……?」


「いちいちうるせぇ、そんな事はどうでもいい。お前、昨日何でおれより先に帰った?」


 ドカッと澪の机を足蹴りして、不機嫌をぶつける。物静かな女子に威圧的な男子。ざわざわと誰か止めなよ、また先生呼ばなきゃと周りの生徒達は口にする。


「昨日は……話題の映画見たくて慌てちゃって。でも感動するって噂通りの凄くいい作品だったから、しばらくは勇くんがいなくても——」


「勝手な事するんじゃねぇ。お前の言葉はもう信用出来ねぇ、これ以上おれをイライラさせんな」


「……ごめんなさい……」


 澪はシュンと顔を下げた。そこに見かねた竹中がズカズカと二人の間に入った。


「おいッ安西!」


「あ? おれはまだ何もしてねぇぞ、正義面」


「毎度毎度いい加減にしろ、お前ガチでネットに晒してやろうか?」


「は?」


「学校の個人情報だの、少年法だの……安易に晒すなって言われてるけどさ——。マジで我慢の限界だ。お前みたいな相手の気持ちを考えられないクズは、一回社会的に死んだ方がいい……」


「あーあー。物騒な事言っちゃって、だからお前は『正義面』なんだよ」


「安西いぃ……ッ」


 一触即発の竹中と勇遂にやめなさいッと副担任の男性教員である渋沢が抑止した。乱闘寸前だった二人は突き放される。


「竹中君も安西君も騒ぎを起こすんじゃあない、何回生徒指導室に呼べば気が済むんだ」


「渋沢先生ッ! こいつは確実に高城さんに嫌がらせしてんだよ!」


「それは聞いている。だが、と保護者会でも学校集会でも説明しているだろう」


「またそれか……もういいッ」


 竹中は納得出来ないまま、その場を離れていく。周りの生徒は面倒事に関わりたくないかのように、目線を合わせない。渋沢は鼻で息を吐くと勇遂を指導した。


「安西君、学校は集団生活する場だ。…せめて穏便にする努力は、するべきだろう?」


「だから何もしてねぇっつの。外野がぎゃあぎゃあうるせぇんだよ」


「はぁ……放課後、生徒指導室に来なさい安西君」


 渋沢はそう言い残すと、教室を出て行った。キーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴ると、生徒達はそそくさと着席していく。しかし気まずい空気は教室に充満したままだ。


「ごめんね……勇くん……」


 澪の涙声が、椅子を引く音に紛れて溢れた。チラッと立ち尽くす勇遂が見下げると、俯く澪からぽろ……ッと涙が流れ落ちていた。


「謝んな……腹が立つ」


 勇遂はそれを見届けると席に着き、机に突っ伏し居眠りを始めた。澪は誰にも悟られない様に、静かに泣く。何事も無かったと授業が始まっていく教室に、必死に溶け込むように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る