安西勇遂と高城澪


「泣ーかした、泣かした!」


 そんな声が、3年1組の教室の中からする。下校時間で黒や赤のランドセルを背負った子供達が、後方座席に向かって声を投げかけていた。


「また勇遂くんが澪ちゃんをいじめてるー!」


「はやくあやまりなよ〜!」


 ちょっと男子〜という具合に、女子達が集結して注意している先に、手前に二つ結びしている女の子、高城澪たかしろみおが席について静かにポロポロ涙を流していた。


 そして座ったまま下を向いて泣いている彼女を立って見下げているのは、ツーブロックの髪型で目付きの悪い男の子、安西勇遂あんざいゆうとである。


「……」

「……」


 二人は目線を合わせず、無言のままだ。しかしそれは誰が見ても、男子が女子を泣かせてしまった図にしか見えない。教室内全体から、いーけないんだコールが飛び交う中、クラスの男子生徒である竹中耕太たけなかこうたが勇遂に近付き、左肩をガッと掴んだ。


「いじめとか超ダッセェんだよ。先生に注意されたのに、お前いい加減にしろよな」


「うっせえ。ぶがいしゃはひっこめ」


 勇遂は、果敢に澪を庇う竹中の手を邪魔者のように払う。いじめっ子を示すその手荒な行動は、クラスメイト全員からの不快感を一気に集めた。


「おれは、あやまらないからな」


 聞く耳を持たず、勇遂はぶっきらぼうな口調で澪にそう言い放った。そんな態度を目の当たりにした竹中は殴り掛かる寸前だった。十歳にも満たない子供に感情抑止は難しい。


安西勇遂あんざいゆうと……ッお前なぁ……ッ」


「どけ。おれは帰る」


 黒いランドセルを手に取り、勇遂は竹中を無視して横切って、その場にいた生徒全員から悪口を浴びながら教室を出ようとした。


「あ、安西くんッ」


 扉付近にいた女子生徒が一人、呼び止める様に声をかけるも勇遂は素通りしていく。


「いじめなんて、安西くんらしくないよ……」


 ショートカットで髪がハネている女の子がそう言うも、勇遂はそのまま帰っていく。彼が姿を消すと、クラスメイトがわらわらと澪の席に集まり、励まそうと行動した。


「かわいそう……澪ちゃん、泣かないでぇ」


「悪口言われたの? ぶたれたりした?」


 男子と女子が一体となり、澪を言葉で元気付けたり、状況確認をしようとする。澪は涙を流したまま顔を上げた。


「大丈夫。……泣いちゃって、ごめんね……」


 その言葉に謝らなくていいよ、悪いのはぜーんぶ安西勇遂あんざいゆうとだよ。と、全員が言った。優しさに囲まれながら彼女は何故泣いているのか、誰にも言わないまま再び顔を下に向けた。そして表情を見せず、また一粒涙をこぼす。


「平気なんだよ? ……わたし」


 ぽろ……っと出たそれは、明らかに悲しみから来る涙であった。今の涙とさっきの涙の違い。それは澪以外、誰にも分からない。そしてその言葉が誰に向けられているのかも、彼女以外知る由もないのだ。

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