第5話
目が覚めたマナはいつもの様に支度をする。
顔を洗い、魔法を巧みに使いつつ身支度をする、今では髪を結うのも魔法ですぐに終わる。
気がかりなのは、普段身に着けているブレスレットがお姉様の者と同じ色になっていた事
「爺、お姉様は食堂かしら」
「申し訳ありません、わたくしも存じあげません」
「まぁお姉様の事、きっとすぐに戻るでしょ」
「はい」
ふと夜中の事をマナは思い出すが、夢かどうかも怪しい記憶で断言することは出来ない、一日くらい待てばフラっと戻ってくるだろう。
出かけている間だけでもと思い、普段の銀色のブレスレットではなく、姉の金色のブレスレットを身に着けた
だが金色のブレスレットをつけたまま1週間が過ぎた。
「もう...どこに行ったの...お姉様」
「お嬢様、なにか心当たりはございませんでしょうか?」
心当たりが一つだけあったマナは一週間前の夜の事を執事に説明をした。
執事は伸びた白い髭を撫でながらしばらく考え込み結論を導き出した。
「あの御方の言葉を察する限り、お嬢様の事を一人前と見なし何処かに旅立たれたと考えるのが一般的でしょうか」
「だったら...私は...今まで教えられてきた通り生き抜けばいいのね?眷属を増やしつつ、勢力を拡大させる...?」
「教えに従うのならそうでしょう。ただ...わたくしたちと同じ吸血鬼はこの世界に存在するのでしょうか?」
マナも頭を悩ませる。
ある程度の一般常識はスカーレットから教えて貰ったが、ほかの吸血鬼の事に関してはまったくと言っていい程教えてられていない。
「とりあえずは配下、よさそうな眷属を見つける所から始めましょうか」
「御意のままに」
特に吸血鬼としての
「ジル・ノヴァじゃ...本当に実在...いやついにここにも来てしまったのじゃな...」
二人を見た誰もがそんな事を口ずさむ。
マナはジル・ノヴァと呼ばれていた事も驚きだったが、それ以上に自分達が恐れられているとは思いもしなかった。
たしかに...スカーレットに付き添い何度か村や町に向けて全属性融合魔法を放ち練習していたが...。
声を掛けてもまともに取り合ってもくれない。
そんな状態が続き、一向に眷属にしようと思える人間は現れなかった。
怯える子を眷属にした所で、なんの有用性も感じられないからだ。
「爺、これは問題だぞ...私たちではどうしようもない...」
「少しの間、身を隠す必要があるかもしれませんね」
「うむむ...」
そうして...500年が経った。
マナも執事も人間の寿命なんてものは知らない、悠久を生きる吸血鬼だからこそ起きてしまった悲劇ともいえる。
だが、幸いな事に500年、人間は何度も世代交代を繰り返している。
その結果、邪悪な吸血鬼の噂は廃れ、もはや見る影もない。
マナ自身ずっと暇を持て余していた訳でなく、魔法の研究や自身のレベルアップを欠かさなかった。
「さて、じゃあそろ人間の様子でも見に行ってみようかしら、共をしなさい、爺」
「御意のままに」
一応、伝承などで残っている可能性を考慮し、自身と執事に不可視化の魔法を掛け村を上空から見て回った。
そんな数ある村の一つ、見た目は特に他と変わりないが、唯一、村民たちが広場らしき所に集結している村があった。
「爺、あれはなんだ?」
「はて...むむ、あれはもしや同族ではないですか?」
マナが目を凝らしてみると確かにスカーレットが言っていた一般的な吸血鬼であれば致命的な弱点が露見していた。
それは日光だ。
曇り空の隙間から射した太陽光は捕らえられ磔にされている少女に当たるとじりじりと焼けていく、やがて日が当たり続けていた足は砂へと変化した。
「あれは間違いなく吸血鬼だ、であるならば...捕まえるべき..よね?爺」
「えぇ、助ければ何か有益な情報を引き出せるかもしれません」
「じゃあ爺はここにいて、何かあったら助けてくれればいいから」
「御意のままに」
見世物の様にされている同族に心を痛めないわけではない、だが、生殺与奪は強者に決められる、彼女は負けたのだからしょうがない。
転移にて磔台に移動すると、村民たちから、動揺の声が上がる。
「増援...おい見ろ!!あいつ日光にあたっても何もならないぞ!!」
「なんということだ...」
磔にされている少女は微かに開く瞼でマナをじっと見て小さく「助けて」とつぶやいた。
酷い暴行を受けた痕が見受けられるが、これは回復魔法でなんとかなるだろう。
元のパーツは良い様に思える。
なぜこんな時に彼女の顔を気にしているかというと、やはり、眷属にしてこれから一緒に暮らすのなら可愛い方がいいと思ったのだ。
その点彼女は合格だ。
そんなことを考えていると、何人かの人間が手に武器を持ち、壇上に上がるのが感じとれた。
上がってきたのは4人。
どれも他の村民からすれば屈強な肉体の持ち主たちだ。
「同族か??わりぃな、お前もここで死んでもらうぜ?」
「そう」
マナは無詠唱で多重化した即死魔法【
即座に四人はどしゃりと地面に転がり、それを見ていた、村民たちからは悲鳴があがる。
逃げる村民たちを無視し磔にされた彼女の拘束具を取り外す。
背後の広場にはいまだに人間の気配、だが、それは一人だ。
なのでこの最無視でいい、それよりは日光に照らされ虫の息な彼女を助けるのが先だろう。
「爺、この子の手当てを」
執事は上空からふんわりと降り立ち回復魔法による治療を開始した。
「さて、まだ死にたいの?」
振り返れば、そこにいたのは、まだ子供、それも5歳とか6歳くらいの幼児だ。
「おねえちゃんたすかるの?」
「それは答えないといけないのかしら」
小さな少女は目に涙を浮かべる。これが罪悪感というやつだろうか。この口ぶりからして、この少女は彼女の友人、もしくは妹だろう。
だが、吸血鬼でないなら、逃げてきた彼女を匿っただけの可能性も出てくる。
親しい者を拉致したとなればこの少女は復讐心を抱きいずれ、災いとなるかもしれない、まぁないとは思うが。
「これは実の姉か?」
「うん...あ、えっと...はい」
ふむ...では、彼女はいままで人間だったが、突然変異、もしくは先祖帰りで吸血鬼に?
謎は深まるばかりだが、少女はここで殺してしまおう。実の姉を攫われたあげく、吸血鬼の姉をもっては村人達から迫害をうけることは間違いない。ならばここで楽に殺してやるのがせめてもの優しさだろう。
少女にもわかるようにまっすぐと指を差し詠唱をした【
「お願いし...ます...妹だけ...は...」
治療のおかげで僅かに意識を取り戻した彼女が掠れる声でマナに懇願する。
いまだ、命の危険が迫る自分の身を顧みず妹を救おうとするその姿にマナは姉妹の愛を見た。今は居ないスカーレットの姿を。
「爺。その吸血鬼を連れて先に戻りなさい、日光の元では治るものも治らない。私はこの子を連れてく」
「御意のままに」
真剣にこちらを見つめる人間の少女を静かに見つめる。
所詮は人間、こちら側に来ることはできない、あの吸血鬼に血が必要となれば、人間を襲う必要が出てくるだろう。
「本当に後悔はないのね」
「はい!ありません!!」
「私たちは吸血鬼、貴女は人間。その差がわからない訳では無いのよね?」
幼い少女は少し俯いた後同じ言葉を繰り返す。決意は揺るがないようだ。
「仕方ないわね....
瞬時に視界は切り替わり、見えてくるのは見慣れた家具だ。
既にそこには治療を終えた後の吸血鬼の姿がある。
「おかえりなさいませ」
「えぇ、それで、爺。容体は」
「もう大丈夫かと思います」
「そう」
改めて連れてきた吸血鬼と人間の少女を観察する。
弱い...。
人間の少女は兎も角、この吸血鬼弱すぎる。どのステータスも精々3桁。
人選ミスったかと思わなくもない...。
ため息をつきつつも、救いを与えた二人の少女の感謝の言葉を受け入れた。
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