へっぽこ迷探偵あんこちゃんの事件簿
きぬき
へっぽこ迷探偵あんこちゃん、爆誕
「ゔぇあ~~~~~~~」
「だらしないですよ、あんこ先輩」
「だっで暑いんだも~~~~~~ん」
ここは、とある高校の一室にある、我らが文芸部の
俺の名前は白石京太郎。 文芸部の一年で、たった二人しかいない文芸部員の片割れである。
そして目の前、今にも溶けてなくなりそうな様子で机に突っ伏している彼女は東雲あんこ先輩。文芸部二年の先輩であり、何より栄誉ある我らが文芸部部長である。
ちなみに、周囲の人々は親しみを持って『あんこちゃん』と呼んでいる。俺も心の中ではあんこちゃん先輩で呼んでいる。
そんな彼女が何処からかふにゃふにゃという擬音が生じそうな程にふにゃふにゃしている理由は、大変遺憾ながら今現在部室の冷房が故障しているためである。
本日は晴天。季節は夏真っ盛り。
昨今、炎天下での部活動について彼是と議論が交わされる中にあって、俺達文芸部の部員達は今、正にその問題と直面しているところであった。灼熱……とまではいかないものの、脳の思考回路が正常に働かなくなる程度には暑いわけである。
では何故、そんな中でさえ俺達は部室にいるのか。その答えは簡単である。
『活字が欲しい』
ただそれだけなのだ。
そんなこんなでこの暑い中、ゔぇあ~と言いながらもいつものように本を読み漁っていた(勿論適度に水分補給はしています)、そんな時だった。
がらり、と普段俺達以外が滅多に開けることのない部室のドアが開かれた。そして。
「やっほー、あんこちゃん! 後輩くん!」
「どうもです」
「あ、まつりちゃん! どうしたの?」
現れたのは、あんこちゃん先輩の同級生の三須まつり先輩だった。女子バスケ部のエースで、見た目の通りの快活少女だ。そんな少女が、今は悩まし気な表情をしている。
何事かと気になった俺達に対して、彼女は少し慌てながら話し始めた。
「いやさ、今日の最後の授業って体育だったでしょ?」
「うんうん」
「その時に外してたお気に入りの髪飾りが、見つからなくてさ~。その時は鞄の中に紛れちゃったかな?と思ったんだけど、部活の前に中を見てみたら見つからなくて……」
ふむ、失せもの探しか。まぁ大方どこかに落ちたかどうかだと思ったが、彼女の様子を見るにそこそこ大切にしていたもののようだから、どうにかしてあげたいとは思うが……。
俺がそんな風に思いあぐねていると、我らがあんこちゃん先輩がドカッと立ち上がり、高らかに答えた。
「それは一大事件だよ、まつりちゃん! 大丈夫、安心して! その事件、この私が解決してみせるよ!」
「あ、暇だから探し物手伝いますってことだと思います」
「わあ! ありがとう! ごめんね部活中なのに」
「いえいえ、元々活動できるような環境でもなかったので」
「あはは! それじゃあお言葉に甘えてお願いしようかな。えっと見た目なんだけど……」
そう言って失せものの特徴を言おうとしたところで、咄嗟にあんこちゃん先輩が待ったをかけた。
「待った! その失せもの、私がどんなものかあててみせ……ふげっ」
「困ってる人がいるんですから、そのくだりはカットしましょう先輩。それで、特徴を教えてもらえますか?」
俺はあんこちゃん先輩の待ったに待ったをかけて、まつり先輩に続きを促した。
彼女はくすりと笑って続けた。
「えっとね、髪飾りっていうか白地のシュシュでね、小さい宝石みたいなものが幾つかついてるんだ。多分遠目に見ても分かりやすいと思うんだけど……」
「ふむふむ……他に特徴は?」
「うーん……あとは私の名前のイニシャルが入ってるくらいかなぁ」
「ふむふむ……情報ありがとう」
「いえいえ、こちらこそありがと! それじゃあ私他のところも探してくるからまたね、あ! 見つかったらメッセ送るね! 後輩くんも私のIDしってるよね?」
「はい。大丈夫ですよ」
「おっけ! それじゃ!」
そうしてまつり先輩はばたばたと嵐のように去っていった。残されたのは俺と、先ほどからさも探偵然とした素振りで「ふむふむ」言うマシーンと化していたあんこちゃん先輩だけだ。
「とりあえず、まずは落とし物がないか職員室に……」
「待った!!!」
俺が言い終わるより先に、あんこちゃん先輩は待ったをかけた。
「いいかい、これは事件だ。そして古今東西事件には探偵がつきもの……そして探偵といえばそう! 文芸部部長にしてミステリ大好きこの東雲あんこを置いて他にいいないよね! ね!」
「いないかどうかは別として、事件というかただの落とし物探しですよね」
「ちっちっち……甘いなぁわすすんくんは」
「噛んでますよ」
ふんす、と鼻をながらしながら得意気に話す彼女はいつ見ても和むので、俺はツッコミを入れつつも話を遮らず見守ることにした。
「まず第一に、物がひとりでに消えるわけがない!」
「落としただけかもしれませんからね」
「第二に、まつりちゃんはかわいい」
「そうですね」
「な! もしかしてまつりちゃんのこと好きとか言わないよね!?」
「え、それ今関係あります?」
「大ありだよ! へ、返答次第ではきょうたろー君も重要参考人になるからね!!」
「別に好きではないですが」
「な、ならよかったよ!」
顔を真っ赤にしながらそうのたまうあんこちゃん先輩。俺は面倒なのでとりあえず否定だけしておいた。
何処かでフラグがぼきりと折れた音がしたが、気のせいだろう。
そして、次の推理を聞こうと俺はあんこちゃん先輩の次の言葉を待っていたが、一向に聞こえてこない。
「え、もしかしてそれだけですか?」
「? そうだけど」
「そうですかぁ……」
やはり我らがあんこちゃん先輩は今日もあんこちゃん先輩だった。いや、今日はいつもよりぽけぽけ度(=あんこちゃん先輩がとんちんかんだか可愛らしい度合い)が二割増しくらいになっている。暑さのせいだろうか。
「ともかく、この二つの推理から導き出される答えはただ一つ! この事件には犯人がいるということだよ!!!」
「いや、まぁ…、可能性がゼロであることが断定できない以上は否定はしませんけどね」
出来れば学友を疑うような事態にならなければいいという思いとともに、俺はそう答えた。
「まぁまつり先輩は人気者ですからね。変な気を起こしたヤツがいないとも限らないですが……」
「? 人は関係ないよ?」
「?」
俺達は、そのやりとりにお互いに疑問符を並べて見つめ合う。あ、首を傾げるあんこちゃん先輩可愛い。
「それ、どういうことです?」
俺は内心の感情を表に出すことなく、普段通りの表情でそう質問した。すると彼女は得意げな表情で答えた。
「何故なら、わすすんくん。すでに私は犯人を見つけ出しているからなのだよ!」
「おぉー。噛んでますよ」
何でこの人はこのくだりでいつも噛んでしまうのだろうか。ともかく、犯人を見つけたとはどういうことか。
「すべての鍵は、ずばりそう! まつりちゃんの髪飾りにあったんだよ!!!」
「というと?」
「髪飾りは白地で、宝石みたいなものがついていた……。つまり光物ってこと。そして実はまつりちゃんは窓際の席。つまりは開いている窓から、光物を集める癖があるらしいカラスさんが髪飾りをとっていっちゃったってことだよ!!!」
どやぁあああああ、と背中からSEが流れてきそうな勢いで胸を張りながら、彼女は高らかにその推理を披露した。
まぁ確かに、カラスはよく光物を集めては巣に持ち帰る……というのは割と鉄板のイベントではあった。それ自体はいいのだが……
「あの、あんこ先輩」
「む、なんだね。わすすんくん」
「さっきの第一、第二の下りは一体何だったんですか?」
「あれは……そう! 試していたんだよ! わすすんくんをね!」
絶対後から思いついた推理の方が正しそうだから乗り換えただけだな、と俺は確信していたが、冷や汗をかくあんこちゃん先輩をもっと見……かわいそうなので、とりあえず騙されておくことにした。
「なるほどなぁ……いやぁーあんこ先輩はすごいやー」
「ふふーん! でしょ! でしょ!」
「それでですね、あんこ先輩のお話が正しいと仮定して、どうやってその巣を見つけるんですか?」
「……ばーどうぉっちんぐ?」
「いつから俺達は野鳥研究会になったんです?」
あんこちゃん先輩は、そこまでは考えていなかったらしい。とはいえ彼女の推理もベタもベタとはいえ可能性は否定できない。とりあえずまつり先輩に知らせるなり、巣を見つける方法を探すなり、あるいはそれは一旦可能性の一つとして置いてまずは簡単なところ(職員室の落とし物を尋ねる)から可能性を潰していくほうが先決か。
そんなことを考えていた俺を他所に、あんこちゃん先輩は得意げなままスマホを開いていた。どうやらまつり先輩に自身の推理を伝えるところのようだ。
「あんこ先輩、とりあえずですけど、まずはその推理を伝える前に俺の考えるもう一つの可能性……というか、普通に職員室に落とし物ないか、先生に確認しに行きません?」
「ちっちっち……もう事件は解決したも同然なんだよ、わすすんくん。こういった事件の犯人は古今東西、鳥さんに違いないと相場は決まっているからね」
「まぁそうかもしれないですけどね」
「まったく、きょうたろーくんはまだまだ甘いなぁ。あまあまの飴ちゃんだよ」
「はいはい」
「これからも、この偉大な文芸部部長、あんこ先輩を見習って励み給えよ、わーっはっはっは」
「……」
どんな表情のあんこちゃん先輩も可愛らしいのだが、とはいえずっと偉そうにされると思わず少しいじりたくなってしまう。
(いかんいかん、静まれ俺の負の感情よ)
あんこちゃん先輩はこのままでいいのである。
何故なら──。
「わ! まつりちゃんからメッセが来たよ」
「ん、俺にも来ましたね。何々……『探してた髪飾り、どこかで落としてたのを先生が拾ってくれたらしくて、職員室にあったんだ! イニシャルが入ってるからもしかしたら、って届けてくれたよ。二人とも探してくれてありがとう!』………だそうです」
「………」
「……先輩」
「…………ハイ」
「これからは、何かあっても普通に手伝ってあげましょうね」
「……………ゴメンナサイ」
大抵の場合、あんこちゃん先輩は自滅するからである。
▽
さて、如何だっただろうか。
今回は、平凡な俺達の日常の、平凡な一コマをお送りしてみた。
もしかしたら次こそは、正真正銘難事件をこのへっぽこ迷探偵あんこちゃんが解決する……そんなお話もあるかもしれない。
けれど今日のところはここまで。続きはまたどこか、別の場所で出来たらと思う。
出来れば、クーラーの効いた室内が良いかな。
へっぽこ迷探偵あんこちゃんの事件簿 きぬき @kinu-tofu
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