愛を知る令嬢は理解されない〜誰が何と言おうとも、この気持ちに偽りはない〜
ネリムZ
愛とは時に残酷であり虚しい
西園寺奏美、彼女は高校で嫌われ者だった。
親は社長で金持ち、所謂社長令嬢と言う奴だ。
護衛兼執事の高宮翔と共に学校に通っていた。
奏美の容姿は美しく、透き通るような銀髪をして、サファイヤの様な碧眼をしていた。
そんな奏美は女子に嫌われている。
そして、毎日のように告白されていた。
逆玉を狙う者、体を狙う者、彼女を真から愛している人は居なかった。もし居たとしても、彼女は断っていただろう。
そして、そんな彼女に無謀にも惚れ込み、この度告白しようとしている元野球部エースであり部長であった、先輩の三年、健二。
「僕と付き合ってください!」
他の有象無象とは違い、その言葉には想いが込められていた。
だが、奏美の心は全く動かなかった。
「お断りします。まず、第一に私は貴方の事を知りません。急に想いを伝えられても、それを受け入れる事は出来ないでしょう」
定型文のような事を淡々と口走る奏美。対して健二は。
「だ、だったら、デートしませんか。僕の事、知って欲しいんです」
大学への推薦を貰い、部活も引退している彼。
その彼の思いは、たった一つの嘲笑で終わる。
「お断りします」
そして、奏美は去って行く。だが、健二は諦めていなかった。
奏美が迎えの車まで歩いていると、後ろから付いて来る人物がいる。
それが執事、翔である。
「翔、今日の夕飯の時間は?」
「はい。今日は旦那様もご同行されます」
「お父様とのご飯、数ヶ月ぶりね」
車のドアを翔が開け、その中に奏美は入り込む。
その反対の隣に翔が座り、奏美は翔にもたれ掛かる。
これが一番落ち着くのだ。
「翔」
「なんですかお嬢様」
「やっぱり、ダメなんだよね」
「はい」
「翔にとって私はなんなの?」
「仕えるべき相手です」
「⋯⋯」
「存在理由です」
「⋯⋯そう」
翔は奏美の後ろに付き従うと言うが、奏美は隣を歩いて欲しいと思っていた。
翌日の学校、彼女の机は荒らされていた。
「やっぱり、人気の先輩を振ったとなると、こうなるのね」
呆れ半分納得半分の吐息を漏らし、奏美は机へと向かう。
「わたくしめの机と交換致します。それと、犯人を見つけ出し⋯⋯」
「いいわ。放置で。こう言う役割は必要なのよ」
諦めている奏美。
ギャルゲーでもなんでも悪役と言うのは存在する。
その悪役に奏美はなろうとしていた。それなら、周りは幸せに成るから。
「ですが」
「いいって。私は、翔が傍に居るだけで十分だから」
どこか悲しげを秘めたその瞳を翔に向ける。
寂しく、何かを言って欲しいような、縋るような目。
「左様ですか」
そうでは無い、そう言いたげな表情をしながら、交換された机を使う。
トイレ、珍しく腹を下し、使っている奏美。
手を洗っている最中、ニヤ着いた女子達が鏡に写った。
「何か御用ですか」
「はぁ、何スカしてんだよ」
中心の女子がそう言って、奏美の髪の毛を引っ張る。
「暴力を振るって良いと思っているのですか」
「そう言うのがムカつくんだよ!」
膝で腹を蹴り上げる。痛みを我慢するように歯を食いしばる奏美。
我慢、我慢、そう奏美は心の中で言いながら我慢する。
相手を責める言葉も、痛みを露わにする言葉も、許しを乞う言葉も、出さなかった。
ただ、それを受け入れ嵐が過ぎ去るのを待っているように、じっとしている。
「き、気持ち悪いわね」
その異様ともまで言える出来事に怯むいじめっ子。
集団リンチにあった奏美の制服はボロボロだった。
「はぁ。あんな冴えない男を侍らせて何が楽しいのかしら? もしかしてB専? あんな何も出来ない、成績もパッとしない、顔もイマイチ、アイツの何が良いのかしらね。物好きな方でこと」
「ですねww」
「名前、なんでしたっけ?」
「──するな」
「ん?」
「翔を、翔君を、バカにするな。お前らに、何が分かる」
徐々に我慢の器から怒りが漏れ出て、言葉を漏らして行く。
彼女は翔を貶される事を一番嫌っていた。
「はん! 健二先輩よりもあの凡人を選ぶって訳?」
「きっと恋を知らないよの、だからあんな奴に逃げているのよ。」
「確かにそうですね。きっとそうですよ」
数人のいじめっ子達がゲラゲラと笑う。
怒りが、底から湧いて来る。
「良いですわね、金持ちは。金でいくらでも⋯⋯」
相手の胸ぐらを掴み上げる奏美。その目は正に鬼だった。
「人を愛した事がないとでも?」
そこからはただ、本音をぶちまけただけだった。
「私は翔を愛しているよ! それが悪い! あんたら彼の何が分かるのよ! 私は小さい頃からずっと居るの! 一緒に居るの! ずっと傍に居てくれたの! でもね、好きに成っても、想いを伝えても、絶対に彼は、私を愛してくれない。その辛さが、思いがあんたらに分かるのか!」
分かる筈がないのだ。何年も前から好意を持っても、それが年々上がっていても、翔はあくまで『仕えるべき相手』なのだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
彼女にはいずれ、政略的な関係の婚約者が用意されるだろう。
兄が代表の役割を引き継ぎ、周りとの関係を固める為に奏美は嫁に出される。
奏美の思いなんて、関係ないのだ。
そんな事を一般人であるいじめっ子らには分からない。
「あんた達が羨ましいよ。自由に好きなって、それを語り合えて。でもね、私にはそれすら許されないんだよ。自由? 友達? 恋人? 良いわね。私に無くてあなた達にはあるし出来るわよ。もう、行くわね。授業が始まる」
奏美のその嘆きを聞いて、いじめっ子達は何も言えず、ただ立ち竦んでいた。
何が正しいのか分かっている。今の関係が正しいのは分かっている。
だが、それがどれ程辛いのか、どれ程悲しいのか、きっと理解されない。
奏美は涙を流した。
「少し、スッキリしたわね」
その涙を見ている人物が二人、居た。
◇
奏美と翔が至近距離で話す事が出来るのは、登下校の車の中が基本だ。
だが、今回は自室に呼び出し、翔と話をする。
「何用でしょうかお嬢様」
「側近なんだから、ずっと部屋に居れば良いのに」
「それは旦那様に禁止されております」
「冗談よ。ねぇ、翔は、さ。どこまで私の執事で居てくれるの?」
「学校でやはり、何かありましたね」
「何も無かったわよ!」
「相変わらず嘘が下手な事で」
「うるさいわね。って、話を逸らさないで!」
「そうですね。わたくしめは、お嬢様が許す限り、貴女の執事で居たいです」
「それは、何十年、もしも私が不老だった場合、何億年も?」
「はい。わたくしめの存在理由は、『お嬢様に仕える』事ですから」
「⋯⋯そう。だったら覚悟しなさい。定年後も私が絶対に雇うから」
「はい。今のうちに体を鍛えておきますね」
そして、翔は部屋を出て行く。
「⋯⋯仕える事、か。それは違うよ翔。そこは『傍に居る』、だよ」
奏美は悲しげな言葉を漏らした。
翌日、奏美は再び健二に呼び出された。暇な先輩のようだ。
「もう一度言います。僕は、貴女が好きです!」
「私のどこが好きなんですか」
「周りを良く見ている所、人を傷つけるような事をしない優しい所、色んな所が好きだ」
(具体的に言えない時点で、フワフワですね)
「昨日、いじめられていたんだろ?」
「いえ。あれはただのじゃれ合いですよ」
「我慢しなくて良い! 何かあったのなら、僕に相談⋯⋯」
奏美の目はとにかく冷たかった。
「貴方に相談して、何かあるんですか? 何か変わるんですか? そもそも、貴方のせいなのですが?」
「それは⋯⋯少なくとも、君の傍に居るあの男よりも、君を守れる自信がある」
奏美を地面を踏み付ける。それをとても激しく、子供が怒って地面を蹴るように、無邪気に、がむしゃらに地面を踏む。
「どいつもこいつも、翔君の事を、ゴミ共が、全員死んじまえ」
小さくブツブツ呟く奏美、その声は健二には聞こえなかったようだ。
「あんな、片目がない奴よりも!」
「⋯⋯」
翔は黒髪であり、左目を前髪を伸ばして隠している。
その左目は失明しており、顔の左側には火傷の痕が醜い形で残っている。
しかし、それは勇者の証である。
奏美が子供の頃、キッチンで騒いで、熱いスープの入った鍋を落としてしまった。
そこを翔が守ったのだ。
その結果が、左目の失明と、顔の左側の大火傷。体にも少し火傷がある。
だが、奏美には一切被害がなかった。奏美にとって、その光景の、その翔の姿は、正にヒーローだった。
「私は、貴方の事が今、とてもとても」
プルプル震える奏美。健二は疑問を表情に出していた。
「とても、貴方が嫌いです。もう、私の前に現れないでください」
「嫌だ! 僕は君の事を心の底から愛している! 君達は主従の関係なんだろう? なら、僕達の関係に関係はない!」
「ふざけんなあああ! 大切な人を、大好きな人を、愛している人をバカにされて、そんな相手に対して出て来る感情は『殺意』だけた! 二度と私の前に現れるな! この自己中突っ走り勘違い野郎がっ!」
普段の奏美は大人びており、清楚系クールだった。
だが、今健二の前に居るのは、目の前の獲物を今か今かと襲おうとしている獣の顔だった。
怒りが鬼のような、そんな奏美。
(どうして皆、外見ばかり、翔君は、皆が思うような人じゃないのに。どうして皆私を理解してくれないよの。自分のイメージばかり押し付けて、どいつもこいつも! 私には翔君が居ればいい。きっと翔君だってそうだよ)
奏美の口角が上がる。
「バカみたい」
どんなに思っても、どんなに好きでも、相手はそれを確実に拒絶して来る。
長年、どれだけ辛くどれだけ寂しかったのか、誰も理解してくれない。
奏美は健二の元を去る。
家に帰り、奏美は父親に呼び出された。
「お父様、何か御用ですか」
「ああ。これを」
渡された資料を見た奏美から、無だった表情がさらなる深淵の奥底に居るような無に変わった。
一枚のイケメンの写真、次期社長、様々なステータスはとても高スペック。
「こいつが、お前の旦那になる男だ」
「分かりました。失礼します」
一礼する奏美。そして、部屋を出る。
遂に、姉に続いて政略結婚が奏美に決まった。
父親は机に両肘を付いて、目を手で抑える。
手からは止める事の出来なかった水が流れて行く。
「何故だ。せめて、一言、嫌だと言ってくれれば。お前の姉は今、幸せだぞ。元々両思いの相手だったからな。だが、お前は違うだろう。俺は社長の前に父親で居たかった。⋯⋯違うか。俺はもう、父親失格か。一言、嫌だと、拒否して欲しかった。奏美」
父親は泣き崩れた。父親、家族としての在り方を考えながら、現実逃避するように書類仕事に打ち込んだ。
奏美は自室に居た。
「小さな子犬は、主を追いかけ、山を越え、海を泳ぎ、空を駆ける。いずれ、いずれ、会えるよね。小さな子犬は幸せだ〜」
歌を歌いながらノートに文字を書いて行く。
「翔、いえ。翔君、信じてるよ。ずっと傍に居てね」
目から一つ筋の涙を流しながら綺麗な宝石を飾った夜空に、一番輝き目立ち美しい大きな宝石、満月を見上げる。
雫を照らす大きな宝石はより、綺麗で儚い宝石を輝かせた。
(もう、無理だよ)
悪役を演じるのも、誰かのサンドバックになるのも、もう疲れてしまった。
「翔君、私頑張ったよね? 貴方の望む、女の子だったよね。ありがとう。またね」
◆
翌日、家は騒がしかった。
翔は柄にも無く廊下を走り、息を切らして奏美の部屋に行った。
奏美の部屋には、奏美の家族が皆、泣き崩れていた。
顔つきの悪い父親ですら、嗚咽を漏らしていた。
「奏美」
奏美はベットの上で寝ていた。ぐっすりと、寝息すら立てず。
「お嬢様」
心臓部を教える翔は、机の下に隠してあるように置かれていたノートを見つけた。
それを拾い上げ、開く。そこには、これまでの日記だった。
奏美の気持ち、思い、そして決断が長年の歴史を刻んでいた。
「お嬢様、原因は」
「あ、こ、これです」
上手く舌が回らない翔。
メイドが運んで来たのは、オレンジジュースだった。
「お嬢様、好きですよね」
それを素早く奪い取り、飲み干す。
「翔様!」
「お嬢様、わたくしの⋯⋯僕の生きがい、存在理由。ならば、僕も逝かなくては。あなた⋯⋯」
奏美の傍に行き、手を握る。他の人の絶叫など、耳に既に入らない。
◆
「お嬢様、ご飯出来ましたよ」
「ちょっと、堅苦しいよ。翔君」
「すみま⋯⋯ごめん。まだ慣れなくて」
「全くもう。ねぇ、何時ものして?」
「はい」
翔は奏美に近づき、唇を合わせる。
「愛してるよ、奏美」
「私も、愛してる。翔君!」
「ママ! 何時もの歌、歌って!」
「良いわよ。小さな──」
二人は家庭を築き、永遠の幸せを噛み締めていた。
これが、望んでいた世界だと、やっと、幸せに成れたと、嬉しい、最高だと、歓喜する奏美だった。
◆
『先週、毒物を飲むんで自殺したと──』
その報道は、一部の人を騒がせた。
ただ、きっと二人は、お互いの関係を突き破り、幸せに暮らしているだろう。
いや、ただそう願っているだけなのかもしれない。
「最後に、父親で居たかった」
「私も、母親で居たかったです」
今日は法事であり、今宵はあの時のような、立派な輝きを放つ満月が、綺麗な銀髪の女の子が居た部屋を、照らしていた。
愛を知る令嬢は理解されない〜誰が何と言おうとも、この気持ちに偽りはない〜 ネリムZ @NerimuZ
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます