第123話 蘇生

なんてことだろう!


意識は水面の底からあぶくが浮き上がるようだった。

明るい光が見えて、それはやがて鮮明な画像となる。


この世で二番目と三番目にみたくない顔が、こちらを覗き込んでいた。


唇から顎にかけて、刺青を施した美貌の女性は、『悪夢』が長、“継ぎ接ぎ屋” アクローネル。

もうひとりは、黒衣に身を包んだ美女。名を“闇姫”オルガ。


なんてこと!


アゼルは体を起こした。

その体が妙に軽い。

腕をあげようとすると、腕があがった。


口を開こうとすると口が開いた。


あたりまえのようだが、いままで違った。少なくともミルドエッジによる手術が完了したときからは。


「気分はどうだ?」

アクローネルが尋ねた。

「当然、いいだろうな。手術は完璧だった。」


体を起こしながらアルゼは、言った。


「成功の確率はどのくらいだったのです、アクローネル老師。」

「100%。

わたし、失敗しないので。

感想をきかせてくれないか、アルゼ。」


首を振りながら、アゼルは感想を述べた。


「重い鎧を脱ぎ捨てたような気分です。

体はたしかに楽になりましたが、少々心もとない。丸裸にされた気分です。」


アルゼは視線を落した。

実際に丸裸なのに気づいて、手で胸を隠す。

オルガが、ふわりとマントを取り出して、体にかけてくれた。


ありがたいが、ありがたくなかった。

アルゼは、ひとの体を切りきざむことに、半生をささげている悪夢の長に文句を言った。


「素直にわたしを輪廻のむこうに、送り出してくれなかったのは、なぜでしょうか?」


アクローネルは、黙って、非難するようにオルガを睨む。


「第二候補者であるシャルルが我儘でな。」

オルガは、笑った。

「皇帝位を継ぎたくないというんだ。」


「それは・・・・オルガ殿下が、第一後継者でしょう?」

「情勢が混乱しすぎていてな。わたしは、銀灰に縛り付けられるわけにはいかないんだ。」

「シャルル殿下は、なにがご不満で、皇位を継ぎたくないんでしょう?」

「力不足だ。『世界の声』が用意した魔王たちは、おまえを含めてすべて、真なる魔王に破れた。これから銀灰皇国は、かの者の折り合っていかなければならない。交渉相手にシャルルでは無理だ。」


「オルガ姫は、自分勝手な方です。」

線の細い美少年が、オルガの肩越しに、顔を見せた。

「はじめてお目にかかります、アルゼさま。」


「シャルル殿?」


アルゼは膝をおって、礼をつくそうとしたが、オルガが止めた。


「おまえが、新たなる銀灰の主だ。礼をつくすとしたら、わたしとシャルル、ということになる。」


「わたしは賛成はしていないんだかな。」

アクローネルが難しい顔で言った。

「先帝は、オルガを後継者として指名された。それを覆して、おまえを皇帝にたてる意味については、『悪夢』は、納得していない。」


「皇帝直属の特殊戦力『悪夢』の支持を得られていない帝位というものも、ぞっとしないのですが。」

「逆に言うと、わたしには、『悪夢』以外の支持はまるでない。」


オルガは、笑った。


「おまえは、ヨークの街を掌握している。銀灰のものには、いまひとつその重要性がわかっていないようだが。

いままで、宮廷とは距離をとっていただけに、おそらくは、『諸侯連合』ともいい関係を築けるはずだ。」



ゆらり。

と、空間がゆれた。


現れたのは、オルガと一緒に試合を観戦していた少女と、魔王の因子を埋め込まれた候補者のひとり。バンティル。

それに・・・・・


「大丈夫ですか、アルゼさま。」

そう言って手をとった優しげな顔立ちの女性は。


まぎれもなく、アルゼの体内魔力を暴走させて、彼女を葬った「真なる魔王」リウの一味。

銀雷の魔女ドロシーだった。



「待て! おまえたち! 銀灰皇国はその全土に転移阻害の魔法陣が組まれているはずだ!」

アクローネルが叫んだ。


「まあ、そこはわたしが。」

バンティルが、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。


「きさまはたしか、邪神ヴァルゴールの12使徒! しかしいくらおまえだとて、ひとの身で」

「バンティルは、いま、銀灰の神トトを降ろしてるんだよ!」


少女が快活に言った。


「もともと、転移阻害の魔法陣には、トトの力を借りてるはずだ。トトだって、転移はとりたてて、得意なわけではないけれど、そもそも転移阻害そのものがトトの力なわけだから・・・・・」


「アキル。いきなり情報を入れすぎだ。」

オルガが、呆れたようにいった。

「まず、少し説明が必要だろう。これはわたしの親友でアキルという。

異世界人で、かの邪神ヴァルゴールが招いた“勇者”だ。」









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