第122話 新たなる皇帝

「やれることは、そう多くはないぞ。」

ゲオルクさんは、不愉快そうだった。

頼んだのは、木の実をすり潰したペーストを、果汁で溶かした飲み物。

それをストローですすりながら、物凄く深刻そうにしゃべるさまは、あんまりかっこよくはなかった。


「『世界の声』側のあなたが、不快になることはおかしいんだけど。」

バンディルが、やんわりと言った。

ゲオルクは、小娘がなにを、と言わんばかりに、バンディルをまじまじと見つめ、

「トト神っ……か。」

と、だけ言って、絶句した。


「バンディルの得意技は、神降ろしだよ。」

わたしは解説してあげた。

「自分と降ろした神を混ぜ合わせてしまうことで、長期の降臨を可能にするんだ。」


「なんで、そんなことを黙って……」

「あなたがいちいち、自己紹介はいらないって言ったからだよ。」


ゲオルクは、黙って、木の実のジュースをストローでぶくぶくしはじめた。

しばらく、そうしてから、顔を上げて

「そうか。『世界の声』の目的はすべて達成されたのか。」

と言った。


「そうだよ。あいつらの恐れていたのは、リウくんが人間以外の領域にまで支配を広げること。それはしない、とあいつらは約定をとった。」


ドロシーが、妙な顔をした。

「そんな約束は……ああ、確かに人の世のすべての覇権は認めてましたけど、それはつまり」

「そう。裏を返せば、リウくんはもう神域には、手出はできない。竜たちにもだ。

そう約束して、しかも魔素の凶化の提言という恩恵を貰った。実質的に、リウくんは」『世界の声』の配下におかれた。」


ゲオルグさんは、考え込んでいる。

「しかし、『世界の声』が作り上げる魔王よりのようにリウは、細かい制御はうけつけまい。統一国家が生まれるまでに、流される血ははるかに多くなる。」


「そんなことは、どうでもいい、と『世界の声』は思っている。」

わたしは、冷酷なネタばらしをした。

「わたしたちは、前にこの件について、話をしたことがある。リウくんと残念姫さんは、たしかに本当によく似た魂をもっている。長い間、自分とおなじようなモノがいなかったフィオリナさんには、リウくんの存在は救いにみえただろう。リウくんも気に入った者がいれば、愛情で繋ぎ止めたがるタイプの支配者だから、いまはうまくいっている。

でも、それって長くは続かかない。リウくんが世界を支配し終える前に、ふたりは別れることになる。

新しい流血と破壊を伴ってね。

『世界の声』だって、同じ結論に達しただろう。けど、『世界の声』は思っている。

そんなことは、どうでもいいって。

『世界の声』は、魔王というひとの世界が生み出した存在が、神域にまで影響しなければ、それいいんだ。人類社会の統合による発展なんて、勝手にすればいいと、気にもとめていない。

そして、竜たちの世界に影響がおよばないことも確定した時点で、ルルナ陛下以下古竜たちも一切合切手を引くだろう。

すべては、この地上。人間の世界だけの問題だ。」


「なるほど。」

ゲオルグさんは言った。

「なるほど。そう言うおまえはなにものだ? ただの異世界人じゃ、あるまい。」


ゲオルグさんは、指を一本、わたしに向けて伸ばした。

伸ばそうとしたその前に、ハクメイとバンティルが割って入った。


「天使と、逆神トトが、おぬしを守るか。」

ゲオルグさんはうめいた。

「おぬしもまた、いずれかの神の現身なのか?」


「わたしの神域での名前は、ヴァルゴールという。」


わたしは短く答えた。わたしはチラリと視線をやったが、ゴーハン閣下は、気を失いそうになりながらも辛うじて耐えていた。

たいしたもんだ。

これなら、このあとの話にもついてこれるかもしれない。


「お互いの手の内はあかしたところで、話をすすめましょう。」

ドロシーが言った。

「まず、出来ることは、リウくんの行動を遅らせて、西域が彼に対抗するための時間を稼ぐことです。

そのためには、まず、この銀灰。」

ドロシーは、ぐるりと手をまわした。

「皇帝を失い不安定な状態にある銀灰皇国を、リウくんにいいように利用されないよう、一刻も早く次の皇帝をたてて、安定させることです。

そうすれば、銀灰皇国として、リウくんに交渉もできる。」


「第一後継者はオルガ姫。第二後継者以下はどうなっている?」

ゴーハン閣下は、答えを求めるようにぐるりとわたしたちを見回した。


「・・・・わしが答えるのか!」

ゲオルグさんが不満そうに言った。

「わしは場合によっては銀灰を滅ぼそうとしていた側だぞ。

まあ、いい。もともと銀灰皇国は数十名の皇位継承者に順番だてをして、それらを争わせることで、国の均衡を保っておった。

当代・・・・いや、すでに亡くなられたので先代ということになるのか、壊乱帝の治世にはそれがいっそう、顕著になっていた。

ところが、このところ、継承者同士が派閥をつくって、固まることが多くなっていてな。つまり、自分の派閥の誰かが、皇帝になったときに、同じ派閥のものが、しかるべき地位につけ、一緒に栄華を楽しめるようにするという。

最終的に、この派閥は、軍閥やさまざまな利権がからまって、ふたつにまとまっていた。

それが、皇太子と第二皇女の二代派閥だ。」


「オルガっちは全派閥から狙われていたっていってたけど?」


「壊乱帝がそうしむけたのだ。オルガはどちらの派閥にも属していなかった。壊乱帝にしても国内で、二代派閥が争って、騒乱をまきおこしてくれるよりも国外逃亡したオルガに、戦力をむけさせておくほうが、なにかに得だったしな。

ところが、今回の騒動で。」

ゲオルグは、嘆くように天井を仰いだ。

「魔王の因子を取り込んだ皇太子と皇女は、その力をもって、一足飛びに、皇位の簒奪を試みた。悪い賭けではない。ただし、竜王たちが滞在していなければ、だが。

かくして、皇太子と皇女はその場で死罪。それぞれの派閥に属していたものは全員、皇位継承権を失った。


さて、話はながくなったが、現在の皇位継承者は三名。

いま、名前のでたオルガ姫。

身分を隠して学生として慎ましやかに生活していたシャルル。

もうひとり、アルゼというのがいるが。これは。」


ゲオルグは、わたしたちを見回した。試合の経過や結果は、ゲオルグにはすべてお見通しのようだった。

「魔王の因子を植え付けられたもののひとりとして、此度の試験に臨み、敗退した。もともと継承権は形ばかりで、ヨークの街の代官として、あそこから移動することを禁じられていた人物だ。これは除外していいだろう。」


「わかった。」

ゴーハンは、頷いた。

「このままならば、オルガかシャルルが、次期皇帝になる。だが、ふたりには、後ろ盾となる派閥がない。すみやかに国内をまとめ、魔王と交渉するには力不足ということか。」


「なら、しかたありませんね。消去法ですが、次期皇帝は、アルゼ姫さまにお願いしましょう。」

ドロシーは、きっぱりと言った。

うん。


あきれたぞ。

アルゼ姫の体内魔力を暴走させて、肉片にしたのは、あんたじゃないかさ。


「なにを言っている、アルゼは・・・・」

「銀灰なら、肉体の損傷はあってないようなものでしょう。」

ドロシーはやさしげに、かつ冷酷に言った。

「魔道人形を義体にして、魂をうつしてしまえば、生きていることになるのでは? それを跡取りにするのは、銀灰以外の国ではいろいろと問題があるでしょうが。」


「オルガとシャルルを皇帝にしない理由は?」


「オルガさんは、アキルについていたいでしょうし、これから次々と起きる事態に対処するために、銀灰に縛り付けておくわけにはいきません。

シャルルさんはよく知らないのですが、男性ですよね。そして、銀灰では同性婚は認められていない。」

「それはどういう・・・・」

「アルゼ姫の後見には、諸侯連合についてもらいます。」


ドロシーは、隣に座るゴーハン男爵の肩に手を回して、にっこりと笑いながら、言った。

「アルゼ新皇帝の伴侶に、諸侯連合のゴーハン男爵を推薦いたします。」

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