第121話 銀灰始末3

「叔父上の死は、まだ発表していない。」


第一位継承者だった皇女は、机に頬杖をついている。


「『悪夢』の長。残りの五人には伝えた。起きたことは正確には話せぬが、もはや魔王憑きが、災いをなすことはない、と。」

「反応はいかがだったのでしょう?」


シャルルは、向かいの椅子に腰をかけているが、落ち着かない。


それもそのはず。ここは、オルガの作り出した「異界」だ。


術者の心のままに、創造される独自の閉鎖空間。

通常は、薄暗い洞窟。穴蔵として「表現」されることが多いが、オルガのそれは、照明が部屋の隅々まで照らし出す。

快適で、空調も行き届いた執務室として、創造されていた。


それでも落ち着かない。

落ち着くわけがない。


シャルルとて、中央魔法学校では10年に一度の天才と言われた。

だが、経験違う。流した血の量が。奪った命の数が。


闇姫オルガは、そのにいるだけで、「死」が迎えに来ているかのような威圧感があった。


「ん……なにしろ、わたしは壊乱帝から直々に後継者に指名されたんだからな、大人しいもんだ。」

「それは重畳。」


それだけ、シャルルは答えた。


「とりあえず、わたしは『悪夢』の『支配』に推された。ミルドエッジは失ったが、残りの長どもの全員一致の推薦だ。

ありがたく受けたが、同時に、いま帝位についことは、やめたほうがよいと、進言された。


「しかし、第一後継者は、あなたです。」

「誰がなっても国は乱れる。」

オルガは、チロリと舌をだして唇を舐めた。

「いったんは、そうして、おいて、あとから救世主面で登場したほうが、国をまとめやすいとさ。」


「さすがに、『悪夢』の老師たちです。」

シャルルは、ぼやいた。

「さしずめ、悪政で国を乱して、あなたに取って代わられるのが、ぼくの役回りですか?」



「老師たちは、皇室に対する忠誠は稀有のものだが、それは国に対するものとは違う。

国政を混乱させれば、その期間、苦しむ民がいることは、理解の範疇外、だ。」


「もうひとつ。ぼくたちには、それほど時間がありません。真なる魔王はいますぐにでも破壊の行軍を始めるでしょう。そのこと自体を止めることはでないにしても、西域諸国がそれに対抗できる準備の時間をつくらなければなりません。

ほっとおけば、リウは、ここを拠点に軍を起こすでしょう。それは避けなければなりません。すみやかに安定した皇帝をたてたうえで、リウと折衝させます。」

「それは、シャルル偏屈帝ではだめなのか?」

「オルガ暴虐帝のほうがふさわしいと思います。」


逆神トトを信仰するこの国では、願い事をするときにわざと願いの逆を口にする習慣がある。

皇帝の呼び名もそうであって、生涯ひとりの女性を愛し、子宝にもめぐまれた何代か前の皇帝は「淫乱帝」と呼ばれた。各勢力を競い合わることで、表面上は平和を保ち、また、街道一体の地域を諸侯連合にとられるという開国以来の窮地を、鉄道の誘致によって解決した先代は「壊乱帝」を名乗っている。

だが、いまの互いの呼び方はそうではない。

ただの悪口である。


「わたしは小うるさい刺客が減ればいいと思って、第一後継者を引き受けただけだ。皇帝をやる気はない。」

「ぼくは、皇帝になりたいですが、いま、ではない。」

「現段階で、皇位継承者は三人だけだぞ。わがままを言ってくれるなよ。」

「ぼくと、オルガ姫。どちらも皇帝になりたくないというなら、もう仕方ない。」


シャルルは、にっこりと笑ってみせた。


「断っておきますが、この国を見捨てて逃げ出すというのは、除外ですよね?」

「そんな卑怯な真似はごめんこうむるな。」

「では、しかたありません。方法はひとつです。」


■■■■■


ふたりは、影から浮かび上がった。

妙齢の薄絹をまとった女性が、その前に膝をつく。


「『悪夢』が長、アクローネル。」

オルガが声をかけると、女性は静かに顔をあげた。厚めの唇には紫の刺青。

「お話は終了いたしましたでしょうか?

皇帝陛下。」


「その事はいったん保留だ。」


オルガは、アクローネルと、シャルルナを促して歩き出す。


「治療はすすんでいるか?」

「ほとんどの者は、義体に魂を移すことになりそうです。」

「アゼルは?」

「あれはもう人間の体ではありませんでした。」


アクローネルは、渋面をつくった。


「ミルドエッジ老師も無茶をしたものです。

わたしが言うのも筋違いではありますが。しかし、体そのものはまだ残っています。である以上、魂を義体に移すことも難しい。」

「面倒をかけるな。」

「出来るかどうかは、聞かないのですね?」

「わたしの知っている『悪夢』アクローネルなら、もうすべての術式を終えた頃だろうと思う。」


アクローネルは、ため息をついたが、それは不快なものではなかった。


「魔力は、ほとんど使えませんよ。傷が癒えたら吸血鬼の因子も取り除いてしまうから、再生能力も並の人間なみになってしまうでしょう。」


「アクローネル先生!」

シャルルが叫んだ。『悪夢』が長、アクローネルは、中央魔法学校で臨時講師をつとめたこともあって、シャルルは顔見知りだった。

「外科手術で、吸血鬼の因子を取り除くと言ってるんですか?」


「そうだよ、シャルル。おまえも、もしオルガ陛下に仕えるならば、一度、悪夢の一員として、わたしについて勉強することをおすすめする。

陛下に対する忠誠心もふくめ、学校で学べぬことを叩き込んでやれる。」

「そのことなんだがな、アクローネル。」


オルガは背を向けたまま言った。


「わたしとシャルルは、アルゼを皇帝にするつもりなんだ。」



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