第119話 銀灰処分1


もう。

わたしにやれることは、ほとんど残ってはいなかった。


わたしが。

邪神ヴァルゴールたるわたしが。


完全にやられたのだ。

リウくんとフィオリナさんは、満足している。

彼らは、「彼」のことを覚えていないのだ。


オルガっちは、わたしを座らせて暖かい飲み物をいれてくれて、すこし休むように伝えた。


あのな。

わたしは、試合見てただけだぞ。

おまえは、ウゴールさんとめちゃぬちゃな消耗戦をしてたよな。


オルガっちは、そのウゴールさんとシャルル、三人でなにやら相談中だ。


わたしに付き添っているのは、わたしの使徒のひとりバンディル。

それに、ドロシーだった。

しばらく、会わない間に、ドロシーは一段と女っぽくなったみたいだ。

肌はしっとりと、なめらかで、例のギムリウスのスーツは、まったく体のラインを隠さないので、胸の盛り上がりや腰のくびれが目立つ。

あんまり、わたしがじろじろ見ているので、バンディルが、「主上」と呼びかけてきた。

「主上が、同性間での恋愛にご興味があるなら、わたくしが及ばすながら人身御供となりますが。」

「トト。」

わたしは、オルガっちが作ってくれた飲み物(それはお茶に少し塩味をつけて、細かく刻んだ野菜をいれたスープに近いものだった)をすすりながら、バンディルを睨んだ。

「あなたの使徒の神降ろしは、本当に優秀だ。」

イタズラ好きの銀灰の守護神は、ニヤっと笑ってみせた。

「わたしとバンディルは、複雑に絡み合ってひとつになっている。この状態ならばいつまででも地上にとどまれそうだよ。

ただ、神の力を使わなければ、だけど。」

「まったくの役たたず。」


傷ついたような顔で、トトは黙った。


「アキル。すこし、報告と……相談したいことがあります。」

ドロシーが、オルガっちたちが部屋を出ていくのを横目で追いながら囁いた。

「もう話すことなんてあるのかな。」


わたしは目元に滲んできたものを、手で拭った。


「これで、リウくんは、残念姫と一緒に世界征服に乗り出すだろう。もう止めるやつはいない。」

「そうですね。わたしにも止められないでしょう。」

ドロシーは頷いた。

「ですが、あとは個別の事象に修正を加えることで、少しずつ状態をましにすることはできるはずです。」

「それはそうかもしれいけど。」

わたしは、ドロシーを正面から見据えた。

「ところで、いつから敬語で話してたっけ、ドロシー。」


銀雷の魔女は、すこし唇を釣り上げた。それだけで、花が咲いたような気分になる。いけないな。同性でしかも神さまが色気に酔うなど。


「さあ。ずいぶんと久しぶりなので。でも、少なくとも銀灰の神たるトト神を降ろした使徒さんが、アキルに敬語をつかってるのを見たら、わたしもあまり、タメ口はどうかと。」


「わかった。話をきくよ。」


わたしとバンティルは、ドロシーと一緒に、宮殿を出た。

ランゴバルドにあるような外灯などは、望むべくもない。民衆も全員が魔法使いであることが前提のこの国では、夜間の照明さえも自分で用意するものなのだ。


だが、実際にはそれはどうなのだろう。

魔力を強化するための、手術。それがあまりにも無惨なものであることは、アゼル皇女の例で目の当たりにした。


魔道士の国。

銀灰皇国。


ドロシーは、海外からの訪問者用のホテルにはいる。

ロビーは流石に、魔法による灯りが点っていた。

電球になれたわたしには、いささか心もとない、薄暗い灯りである。


待っていたのは、ひとりの男。

前衛を担当する冒険者にはよく見る胸板のたくましい戦士だった。


わたしたちは、彼の向かいに。

ドロシーは、戦士の隣の席に座った。



そっと、その手に、自分の手を重ねる。


おい。

ドロシー。あんたまさかこの男と。


「そうか。あなたが裏で動いたいたのか。」

バンティルは、つぶやいた。

「偉大なるトトの神の降臨を、心から歓迎いたします。」

男は頭をさげた。


「こいつ・・・・いいぇ、この方も銀灰の民なの、トト。」

「わたしにとっては、銀灰の子、です。」


バンティルの体に降臨しているトトは、頷いた。


「魔力不足により、銀灰皇国を追放されたものたちの子孫。現在は銀灰皇国と不倶戴天の敵である『諸侯連合』の男爵『血まみれ』ゴーハン。」

「トト神に、我が名を知っていただいているとは。」


縁起でもなく、ゴーハンと呼ばれた男は、まんざら演技ではなく、感激したような面持ちで頭をさげた。


「ち、ちょっと。ほんとに個々の人間の名前なんて覚えてんの?」

わたしがひじでバンティルを小突いた。

ゴーハンが顔色をかえたが、バンティルが止めた。

「アキルさまは、大神ヴァルゴールが異世界から招いた勇者で、この体は、彼女の使徒の体を借り受けているものです。失礼があってはなりません。」


適当に飲み物をたのんだあと、ドロシーは、カザリームを出てからのことをわたしに説明してくれた。

神子ハロルドがわたしに告げたとおり。

ロウさまとギムリウスは、“踊る道化師”を去っていた。

理由は、リウくんの判断ミスだった。

とっとと、ギムリウスの転移をつかって、銀灰に移動せずに、列車をつかって、のんびり旅をしているうちに、偽魔王の一体を使った妨害工作に対処するためにさらに、時間をかけた。そして、ギムリウスのかわりに連れて行った彼女の『ユニーク』と、ロウさまのかわりに連れて行ったアルセンドリック侯爵を戦いの中で失った。

そのことに腹をたてた、ロウさまとギムリウスは、“踊る道化師”から離反していた。


あらためて、ドロシーの口から語られると、わたしは頭をかかえてしまった。


確かに「彼」は、わたしたちのリーダーであり、間違いなく要だったのだ。

ならば、彼をこの世界に戻す以外にこの事態を収拾するこはできない。

だが、それには時間が。あまりもに時間が足りない。


「リウとフィオリナは、どこを拠点に動き出すと思う?」

バンティルの問に、ゴーハンは腕を組んだ。

「候補は3つ。でしょう。ここ銀灰皇国。または彼らに居力する魔道士のが数多いカザリーム。そして踊る道化師の本拠で貼るランゴバルド冒険者学校。」


「あとは、フィオリナのつながりで、ターミナル駅のあるオールべ。または大北方のクローディア大公国と結んで、さらにその向こうの魔族たちを招くことも考えられます。

ドロシーがきっぱり言った。


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