第118話 すべて御心のままに

魔王バズス=リウ。

差別に耐え兼ねて、北の地に逃れ、国を建てた魔族の二代目として、誕生した彼の言うは、生まれながらに、あまりに強力な魔素を発し続けていた。


魔素より、身体あるいはその魔力を増大させるのが魔族と呼ばれる人々であり、その王となるべくものが、自ら魔素を周りに供給できる特異体質であったことは、国民から歓迎され、祝福された。


彼が、成長するにつれて、その影響はましていく。

隊列を組んでやっと追い払えるような魔物を、単身で倒す強者が続出した。

魔法陣を組んで、術者が何日もかかる大魔法を瞬時に発動できる魔法士も現れた。


乳幼児の死亡率も大幅に下がり、リウの誕生と成長は、明るい希望として語られたのだ。

じりじりと。

いや。目に見えて増える犯罪がその兆候となった。

個人犯罪が多発することで、滅んだ国家は珍しい。

魔族の小国は、その例外になる所だった。


運悪く。あるいは運良く。

かつて、彼らを放逐した西域のとある国が、彼らを襲った。

たいした理由はなかった、と思われる。


もともと、魔族への差別と排斥は、とたる宗教団体が中心になって、行っていた。

それを、国教として掲げていた国が、代替わりしたときに、新王の箔付けに遠い昔に放逐した魔族を根絶やしにすればいいと。

誰かが、進言したらしい。

らしい、というのは、かの国についての記録がほとんど残っていないからだ。


総人口に匹敵する軍勢の攻撃を受けた魔族は、かつての魔族ではなかった。

ひとりひとりが、女性や老人、子どもまでもが、屈強な戦士として戦い、遠征軍はほうほうの体で逃げ帰った。



この戦い後、報復のため、南征軍を起こしたリウくんたちは、彼が魔王宮に自らを閉じ込めるまで、破竹の進撃を続けることとなる。


彼や彼のごく一部の側近は、そのときすでに気がついていたのだ。

すべての国を併呑し、あらゆる街を廃墟にし、人という人を殺しまくったら、こんどは魔族の凶気はふたたびおのれにむかうのだと。


それは、魔族自身を滅ぼすまで続く。


かくして、文明は消滅し、わずかに生き残ったものが、辺境の地からふたたび、文化を取り戻すまで、何年? いや何百年、何千年かかるかもしれない。


ゆえに、リウくんは、魔王宮と呼ばれることになる迷宮を構築し、そのに閉じこもることで、己の魔素が外界に流れ出るのを防いだ。

魔族たちは、撤退をはじめ、北の大地に戻る。

その間に深い森と山脈をつくりあげ、西域との往来をほぼ不可能にしたのは、リウくんとリウくんの意を継ぐ魔女ザザリさん。


ちなみに筋書きをかいたのは、賢者ウィルニアであり、迷宮構築の魔法も彼の手によるものである。


リウくんは、アモンさんやロウさま、ギムリウスたち、愉快な仲間たちとそれなりに楽しく過ごし、いまから50年ばかり前に、ついに自分体から魔素の発生を抑える画期的な方法を見出した。


それが、いまも彼がやっている方法。


十代半ばの少年の姿にまで、自分を若返らせることだった。


彼が千年以上にわたって苦労した、魔素の悪影響、それを「世界の声」が、無くしてくれるというのだ。



⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎




「それが可能ならば、オレはそれ以上は望まない。」


リウくんは、厳しい目で、「世界の声」を睨んだ。

わたしの心の中でなにかの警報がなった。

なんだ、これは。

こちらに、有利すぎないか。


隣に立つドロシーが、わたしの手を握る。


「たぶん……大事な瞬間よ。

アキル。目を凝らして。よく聞いて。なにか、おかしなことは起きていないの? わたしひとりじゃ、分からない。」


そうだ!

このまま、「世界の声」との和解が成立してしまったら、「彼」を取り戻すことはできなくなるじゃないか。「彼」と「彼」についての記憶を戻させないと!


「オレはそれ以上のことは望まない。」


ガチャリ。


わたしはそれを錠前が降りる音として認識した。

ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ。


「ならば、神と魔王の契約は成立した。」


わたしは。

目を見開いていた。


やられた。


や。

ら。

れ。

た。


「世界の声」は、厳かに。

リウに祝福をさずける。



地上の覇権をリウくんに。

それはつまり、裏返せば、地上以外の部分、竜たちの生存圏や、神々の神域には一切手を出せないことを約定したことになる。



神の祝福は、呪いの裏返しだ。

彼の体と心はがっちりと神に組み込まれた。



彼の魔素のから、魔族を凶暴化させる要素わ取り除く作業は、神だからこそできうる永続的なものとなる。

つまり、リウが、いまの盟約を破って、神域を侵そうとすれば、ただちに魔素は従来の魔族を血に飢えた魔獣にしてしまう。



やられた。

やられた。

やられた。


「彼」がいれば。この奸計を見抜けたのだろうか。


わたしでは無理だった。


「世界の声」は、自分の手駒が負けることなどどうでも良かったのだ。リウくんをその影響に置きさえすれば。



「これは、ぼくら『神』たるものと、リウの間の契約だ。」

『世界の声』は、壇上の古竜たちを見上げた。

「そちらも、依存はないな?」


「他者同士の契約に口を挟むことはできない」


ルルルぅが、王様の目でそう言った。


「魔王の侵攻が、竜を脅かすことがない以上、我々はには異存はない。」


ルルルぅ!

だめなんだ、それじゃあ。

わたしたち、別れ別れになっちゃうじゃないか。

せっかくお友だちになれたのに。


トトが、横から話しかけてきた。

「それはダイジョブなんじゃないっすか?

人間と竜、人間と神の交渉が制限されるだけですよ?

だって、ルルナ陛下は竜王だし、主上は神さまなんですから。」


違うんだよ、わたしは、学校で隣の席に座ってキャピキャピやりたいのだ。

竜王と。神獣と。真祖と。

あと「彼」と。

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