第117話 すべての決着

オルガっちは、普通の人間からみたら、そりゃあ、不死身に近いだろう。

かつて、「彼」とやりあったときには、お互いの不死身っぷりに互いに、若干引いて痛み分けになった、という。

これは、双方から同じ内容をきいたので、間違いない話なのだろう。


つまり。

袈裟懸けに切られた程度の傷など。

それが、いかに深い傷だろうが。


だが、傷はまったくいえない。

血さえ、吹き出さなかった。

まるで、傷口から血がどこかに吸収されているかのように。


傷の周りの組織まで、歪み、収縮していく。


「素晴らしい。生命のエネルギーだぞ、オルガ姫。」

ウゴールさんが、満足そうに言った。

「まるで、生き返って、生身の肉体を得たよう……ぐはっ!!」


オルガっちの鎌が、その胴をないだ。


生命を刈り取る闇姫のデスサイズ。

もともと命のないウゴールさんには、効果の薄い武器だったはず。

だが、いまや、ウゴールさんは、オルガっちから奪った生命力で、生きているかのような状態にある。


がはっ。


いったん奪った生命力を奪い返される苦痛に、ウゴールさんは、跪いた。

だがそのまま、剣の切っ先を突き出す。


剣は、オルガっちのお腹をえぐった。

ただの刀傷ではありえない。えぐったあとから、周り腹筋やはては内蔵までもが、吸収されていく。

オルガっちの鎌は、ウゴールさんの首筋に突きたった。


ウゴールさんが、オルガっちから奪った生命エネルギーは、オルガっちの鎌に吸収される。


ウゴールさんの与えた傷から崩壊しつつある体は、かろうじて、それで崩壊を食い止めている。


生命とは。


「命ってああいうふうに循環していくものなのだなあ・・・・」

トトがしみじみと言った。

たぶん、違うゾ。


しかし、この戦いを止めねば。

エネルギーはふたりの間をぐるぐるまわっていて、それは微小なロス部分をのぞけば、きれいに循環している。

神の目にはよく、それがわかるのだ。

この戦いは無限に続く。


じゃあ、ほっとけ。

いや、そういうわけにはいかない。


これは両者にとって、はななだしい苦痛をもたらすのだ。


それは、わたしにとって、好ましくない。大いに好ましくない。

しかし、どうやって止めるのだ。

この戦いを・・・・この・・・。運命の? あれ? 


「やめて!!」

わたしは立ち上がって叫んでいた。

「こんな意味のない戦いはもうやめて!! ふたりが争う理由なんてどこにもないのよ。」


オルガっちのどこかわたしに似たきれいな顔と。

ウゴールさんの骸骨の顔が、わたしを見つめた。


一瞬、白けたような空気が漂った。

ふたりは同時に頷いた。


「・・・・・それは、たしかにそうだな。」





リウくんは、この間に、二人の魔王もどきを土下座させていた。


「すんませんっ! 自分、調子にのってました。」

「すいません。あの世界の声のクソ野郎の口車にのせられて、とんでもねえことをしちまいました!」


うむうむ。

リウくんは、頷いた。


「わかればいい。その体から、魔王の因子を取り除いてやる。」


手を伸ばしたリウくんに、ひっぱられるように、ふたりの体から、黒い霧が離れ、それはリウくんの手に握りつぶされた。





はい。

おしまい。


「世界の声」は呆然と突っ立っていた。


彼が、たてた計画は彼の望んだように進行して。ただ、彼の望む結果にはならなかったのだ。


「か、かくなるうえは!」


「あーーーーーーーーっと、わたしとトトがいるよーーーーーっ」


世界の声は、あほみたいに口を開けた。

こいつまた、わたしがいることを忘れてたな。わたしを誰だと思ってんだ。邪神ヴァルゴールさまだぞ?




「・・・・・・わかった。ぼくの負け、だ。」


のろのろと、「世界の声」は言った。


「なるほど?」

それで、どうする。とリウくんは表情で問うた。


「約上の立会は、わたしがなる。」

わたしは、試合場におりた。

ドロシーが、すっと寄ってきた。


「助かりました、アキル。」

「いや、魔王サマとその愛人さんの力だよ。わたしはなにもしていない。むしろ、『世界の声』に振り回されて、全部、後手後手に回ってた。最後の最後にひっくり返せたのは、力業だよ。」


『世界の声』は、空中に指で、魔法陣を描いた。


「たんなる言葉による約定では、不満だろう。

ぼくは、今回の謀略について、魔王リウとその仲間たちに詫びる。今後、リウの世界に対する覇道について、一切、干渉をしないと誓うよ。

リウ。きみは望んだとおり、この地の果までを支配し、人類を統一するがいい。それを阻む神はもういない。」


「言われなくてもそうするつもりだ。」

リウくんは無表情。なにを当たり前のことを。と、そう言っている。で? どうする? それで終わりか? 終わりなのかな、世界の声よ。


だが、わたしが言うまでもなかった。

フィオリナさんが、リウくんに寄り添うように立った。

その顔には、これ以上ないくらい冷酷な笑み。


「それで終わりなの? ずいぶんと酷いことをしてくれたんだけど。わたしたちにも。わたしたちの仲間にも。」


「・・・・わかった。」

苦渋に満ちた顔で、『世界の声』は頷いた。

「おまえの魔素体質を修正しよう。」


驚いたように。

今度は、リウくんが立ち尽くした。


「正確には、その魔素の質を変える。おまえの魔素により、魔族はもはや凶暴化することは、ない。」


なにか言おうとして、リウくんは口ごもった。

彼が、千年の昔から願ったこと。そして、彼が人類に対する戦いを挑んだそもそもの理由。

それは、彼が発する魔素が、魔族の「力」を大幅に底上げする。

例えば、単騎で古竜と渡り合えるほどに。


しかし、一方で、魔素は、魔族を凶暴化させてしまう。それこそ、外に戦う場を求めない限り、自分を破滅させてしまうほどに。


「いいことばっかり言わないの。」

わたしは口を挟んだ。

「それをしたら、魔素の強化は格段におちる。」


「それはかまわない。」

リウくんはつぶやいた。

「それで、かまわない。」


それはそうなのだろう。

もともと、魔素に対して過剰に反応し、能力を強化させるともに、性格を凶暴化させる。そのような体質をもったものを魔族とひとは呼んだ。






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