第114話 ツギハギ姫対銀雷の魔女
「オルガっち! 停滞フィールドをお願い!」
こんなに、裏方で活躍するのは、本意ではないがしかたがない。人間の身で使える魔法は、わたしはほとんどないのだ。
ぐちゃぐちゃの残骸になったザジが、オルガっちの停滞フィールドでつつまれた。
まだ、魂が抜けていなければ、銀灰定義では、「生きている」のだろう。
ただ、その体の方はアルゼ姫の腕と、ラングリッペの球体で原型があるのかすら、微妙だった。
アルゼ姫の過剰魔力を暴走させた爆発魔法は、魂だって侵食するから、今度こそはホントに死んだかもしれない。
それとも「彼」なら、何とかしたのだろうか?
「次にアルゼとやら。」
リウくんは、肩の出血を手で抑えている。
「魔王の因子」入りの神製魔王たちが、けけっこうな再生力を発揮している中、彼はわざとその自動治癒を抑えているようだった。
「魔力を過剰に集中させることによる大破砕を、意図的に攻撃に使うのは、自爆しかないと思っていたが、発想は悪くない。
もともと破損は覚悟の部位だから、無理やり相手の障壁に突っ込んで、損傷しても差し支えない。
そして、なにより魔力暴走によるダメージは、肉体と精神の両方に及ぶ。
ならば……」
「リウくん。そんな程度のお遊びが、賞賛に値しますか?」
そう言って、アルゼ姫の前に立ったのは。
理知的な美貌を、銀のボディスーツに身を包んだ、銀雷の魔女。ドロシーだった。
「ひ、び、び、ひとたるぶんざいが」
世界の声が叫んだが。
おい。
おまえが、姿を借りているその少年は、ドロシーに対してそんな言葉遣いは、しなかったゾ?
「なるほど。」
リウくんは、にやりと笑った。
彼の笑い方は、いろいろある。今回のそれは、見ているものを逆上させるような嫌みなニヤニヤ笑いだった。
「朧幻魔拳の使い手であるおまえにとっては、この程度の魔力操作は、幼稚な技に過ぎないか。」
てっきとーな拳法の名前をでっち上げたのは、いまだに自分の流派の名前を決めずに、その場でいい加減な名前を名乗るジウルに対する皮肉かもしれない。
アルゼの頬が、紅潮した。
頬が赤らんだぶん、魔力強化の手術あとが白く浮かび上がった。
後天的、人為的な魔力強化。
それが、容易いもので、成功率も高ければ、いくら秘密にしたところで、他の国でも同じ方法を行うだろう。
だれもマネしなかったその方法は。
おそらくは、成功率は著しく低かったのだ。
そして、何とか、成功したアルゼ姫の場合も。
髪の半分はカツラであり、顔にまで手術の傷跡が走る。
おそらく、衣服のしたの身体も同じような状態だろう。
そこまでして、魔力を強化してなお、彼女はヨークの街に左遷された。
左遷されたからこそ、謀略渦巻く皇位継承争いからは無縁でいられたのだろうが。
さっき、壊乱帝と、実際に幼少期の彼女に施術を施し、育てた「悪夢」が長であるミルドエッジを、無惨に殺害したのは、ふくむところがあるんだろう。
魔王候補として、登場して以来。彼女はひと言もこと払いし言葉を発していなかったが、このとき、はじめて喋った。
「きさまごときに、なにがわかる。」
地の底から聞こえるような怨嗟の声だった
「ひととも魔物ともつかぬ身体に改造され、人としての、幸せも、魔物としての強さも得られなかったわたしの人生が。」
一旦は、射出された両腕は、既に再生していた。
そこに魔力が蓄積されていく。
そのまま、手を伸ばした。
ふれれば。
その手が、ドロシーのどこにでもふれればそれで、ドロシーは致命傷を負うだろう。
ギムリウスの糸のスーツは、優れてはいるが、絶対不可侵の防御力をもっているわけではない。
だが、ドロシーは、拳法家だった。
伸ばされた腕は、相手の身体に触れることなく、空を切り。
ドロシーの一撃は、かるくその胸部をついた。
「全魔力を、腕にのみ、集中したのだと油断したか!」
アゼル姫は声を上げて笑った。
「たしかに、過剰な魔力を集中させはしたが、体にも防御力強化の魔法はかけている。
人間の、しかもおまえの細腕ごとき、なんの痛痒も感じない!」
だろうけど。
純粋な魔力を打撃にのせる魔力撃は、ジウル・ボルテックとその唯一の弟子ドロシーだけだった。
たしかに、暴走するまで魔力を蓄えた腕を相手に叩きつけるアゼル姫の技は、その劣化版といえないこともない。
そして、もうひとつ。
魔力撃は、たんにその破壊力が、物理と魔力の、両方に働くだけでは無い。
相手の体内の魔力を乱してしまう効果があるのだ。
普通の人間なら、その効果は貧血程度。魔道士なら湿疹は免れない。魔力そのものにその存在を依存している魔物なら、致命傷になるだろう。
そして、故意に魔力を腕に集中させていたアゼル姫は。
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