第111話 愚物反転

これって、手詰まりってこと!?


わたしは、正直、リウくんの苦戦は計算にいれていなかった。

彼が全力で戦うところを見たわけではない。

かつて、彼が魔王として、全人類を滅ぼしかけたときには、ヴァルゴールとしてのわたしは、頼みもしない贄がパカパカ増えるのに悩んでいたくらいで、地上の惨状には全くの無関心だった。

それでも「彼」が敬意をもって語るのを聞き、その伝説の一部をあらてめて。学んで、その力のほどは理解しているつもりだった。


たとえば、一対一ならば、古竜にも勝る。

神ですら、無傷のまま勝利することは難しいだろう。


そのリウくんが、物理の攻撃が効かない相手に、じりじりと押されている。


持っている剣に、霊体にでも通じる付与魔法をかけようにも、ザジの「愚物反転」で、自分へのダメージになってしまうのだ。

これは、意外だった。

単に攻撃魔法を反射するだけと思っていたら、大間違い。

ある意味、恐ろしく使い勝手のいい魔法だ。


わたしは、彼の姿をとった「世界の声」を睨んだ。


この神製魔王どもは。


魔王の因子こそ、入れられているが、その在り方は勇者に近い。

ザジの「愚物反転」にせよ、アルゼ姫の「過負荷爆弾」にせよ、あの神の悪ふざけ、「チート」に近い性能じゃないか。





フィオリナ姫も苦戦していた。

魔王チェルカの生み出す粘液は、切断にも破砕にもまったく効果がなく、魔法耐性も無類の強さだった。


無敵の防御、という点では、魔王ラングリッぺの持つ、球体を埋め込んだ盾も同様だ。

フィオリナの斬撃をかるがると受け流し、隙を伺うようにして、埋め込んだ球体を発射する。

それぞれ、属性が異なるらしく、単に質量の打撃を与えるもの、爆発しての炎を撒き散らすもの、割れた時に溶解性の液体を放出するもの、と多種多様だ。

おまけにどのタイミングで、どういった種類の球が発射されるのかが、まったく読めないみたいだ。


フィオリナほども戦いの熟練者が、なんども攻撃を喰らっている。

フィオリナは頑丈だし、自動治癒だって強力なものをかけているはずなのだが、例えばそれは、オルガっちのように、相手が、ちょっと引くような凄まじいものではない。


まだ、動きの悪くかるようなダメージこそ、負っていないものの。


2人は、じりじりと追い詰められていた。


「チッ! まとめて吹き飛ばす!」

「ま、待て!」


業を煮やしたフィオリナが、おっきめの魔法を使おうとしたのを、リウくんが慌ててとめた。


遅い。


「愚物反転。」


フィオリナの起こした竜巻は、リウくんとフィオリナを巻き込んで、観客席のわたしたちにも襲いかかる。


わたしはシャルルを。

オルガッチは、わたしを。

わたしたちをバンテイルが抱き抱えるように覆いかぶさる。

いや。

不味い。


フィオリナの呼んだ竜巻は、そんなものでふせげるものでは、なかった。


あらゆる物質を巻き込み、粉砕する大渦。


その力が向かった先は、主にフィオリナ自身とリウくんだったが、余波だけでも、わたしたちを肉片に粉砕するに十分な威力があった。

ぐにゃぐにゃと、視界がゆがんだ。


空間そのものをねじ曲げる力を、巨大な手が遮る。

鱗につつまれ、鉤爪をもったその巨大な手は、そのなかにすっぽりとわたしたちを包み込んだ。


長い長い、数秒間が終わった。


手は現れた時と同じように、きえさった。



「ルルルぅ!!」


わたしには、わかった。

わたしたちをその拳のなかに収納して、竜巻から守ってくれたのは、竜王ルルナだった。


目を開けたとき、試合会場は一変していた。


氷混じりの土で構成された地面は、掘り起こしたように、螺旋状の深い溝がきざまれ、階段状につくられた、観覧席は、わたしたちのいたところと、古龍がいた席をのぞいては、全壊していて、瓦礫の山と化していた。



「これは」

ルルルぅは、立ち上がった。

古竜たちは、竜鱗以外にも適切な防御障壁を展開できたのだろう。

怪我をしたものは、いないようだった。


ただ、ラウレスさんだけが、青い顔でヘタリこんでいた。


「私は、人と人。あるいは神と人との争いに口を出したいわけだはないのだけれども。」



クサナキさんとミケも立ち上がる。


「そちらから喧嘩を売られては、なにかしないとならんなあ。」


リウくんは、地面に剣を突き立てて、足場を確保し、しっかりとフィオリナを抱きしめていた。


「知恵が回るな。」


魔王の攻撃と、自分の魔法に巻き込まれたほとんど衣服をうしなったフィオリナに、自分のマントをかけてやる。

バサバサとマントを振ってから、さっとマントを剥がすと、リウくんに似た黒い鎧をまとったフィオリナがそこにいた。


「あの愚物に『愚物反射』をわざと使わせて、竜王たちを、巻き込んだのか。」

「絶望感を味合わせるには、圧倒的な勝利の方がいい。」


ペロリと、フィオリナは舌を出した。


「なるほど。これで、五対五。これなら文句はないというわけか?」

世界の声が静かに言ったので、わたしは同じトーンで返してやった。

「こっちには、まだわたしもトトもオルガ姫もいるけど。」


「世界の声」の笑顔が硬直した。


こいつは、自分が神さまって特別な立場なことを意識するあまり、すぐにわたしのことを忘れるな。





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