第110話 魔王対魔王

「おまえは、千年の昔、人類を滅ぼしかけたあの『魔王』当人なのか。」

輝くばかりの美丈夫に変化したウゴールさんが、歩みでた。


「だったら、どうする。」

「封じられた魔王宮から復活したのか? ならばなぜ、そんな子どもの姿をとる?」


痛いところを突かれたように、リウくんは言葉をつまらせた。


わたしはそこらの事情は、「彼」からきいていた。

リウくんは、体から恐ろしい魔素を絶えず放出している。

それは一般の人間には実はたいして影響はない。

問題は、魔素に対して過敏な「魔族」と言われる体質の持ち主だ。


中原は西域を追われて、北の地に移り住んだ彼らは、魔素に過敏に反応し、体力、魔力を大幅に強化する意外は、いたって普通の人間だった。

亜人、というほど、人と異なっていたわけでもない。

魔族はあらゆる国で、地方で、一定数はいたから、とりたてて、独自の文明、文化をもっていたわけでもない。

ただ、当時勃興した「聖光教」をはじめ、彼らを迫害するものは、あとを絶たず。絶えかねた「魔素過敏症」のものたちが、北の地に逃れ、そこで国を建てた。


リウくんはそこの二代めの王様だったという。


父王は早くになくなった彼は、ずいぶんと幼い頃に即位した。後見人となるべき母は西域で出自を隠して、魔法学校での教鞭をとっており、かならずしも恵まれた幼少期でなかったという。


厳しい自然や魔物の危険にさらされた魔族たちに、変化が訪れたのは、リウくんが即位して間も無くだった、という。


「わしは、銀灰の魔導師ウゴールという。」

ウゴールさんに敵意は、ない。

また、その言動に狂気じみたものもなかった。


わたしは納得した。


確かに、リウくんよりも、神が作った魔王もほうが安全だ。


「ウゴールか。自ら死霊化して、意識をつないだだけでも並の技ではない。

大したものだ。

さらに、『世界の声』どもに、魔王の因子を与えられてもなお、自我を正常に保っている。

かつてのオレの部下たちも、おまえのようであったならな!」


「彼」からきいた話だ。


リウくんが生まれてから、魔族たちにはまるで、ありとあらゆる幸運が訪れたような日々が続いた、という。


いままで、隊をくんでやっと撃退した魔物を、単独でしとめる猛者が、あらわれた。これまでの数倍の効率で魔法を操る者があらわれた。

病気になるものも減り、こどもはすくすくと成長した。


医療の行き渡らぬ僻地では、乳幼児の死亡率というのはけっこう高いものだったが、それも過去のものとなった。

ただにひとつ。犯罪率も、それも殺人や暴力をあげる血なまぐさい犯罪が急増した。


「オレの体、自分でも制御できない魔素を」放出し続けている。それは配下の魔族たちの、魔力。体力、知力を格上したが、どうじにやつらを途方もなく、凶暴にしてしまってんだ。」



犯罪で国家が滅ぶことなどありえない。


例外がこのときの魔族の国である。


魔素の影響は、リウくんが、歳を重ねるに連れて増大し、彼が歴史に残るあの姿。

黒い鎧兜をまとった偉丈夫となったころには、ささいなことから、家族が家族を殺し、通りは死体で歩くことも出来ず。

盗賊団と自警団の争いは、簡単に街ひとつを廃墟と化した。

そのころには、リウくんやそう側近たちは、リウくんの体からでる魔素が、国民の凶暴化と能力の底上げに繋がっていることを、確認し、対処に追われていた。

あの黒い鎧兜もその一環ではなかったのか、は「彼」の意見である。


「そうか。」

ウゴールは、悲しむように目を閉じた。

「数ある伝説のひとつに、お主が自ら魔王宮をつくり、そこにおのれを封じ込めた、というものがあった。

古竜や神々まで、敵に回してなお破竹の勢いで、西域を併呑し、さらに中原に手を伸ばそうとしたところで、勇者に倒され、封じられたという話には、納得がいかぬものがあったが、おのれの魔素から臣下を救うためだったとすれば、納得がいく。」


「ウゴール! やつとこ馴れ合いはやめろ!」


世界の声!

彼の姿で喋るな!

彼の声で語るな!


すべてを失ってもおまえたちを消滅させたくなるじゃないか。


「馴れ合うつもりはない。」

ウゴールは、言った。

「ただ、おまえが銀灰にもたらした災厄を、人ならぬわしも忘れてはいない。」

典雅なまでの美貌が、恐ろしい笑みに歪んだ。

「わしが、魔王リウを討つのは、恨みでも、正義感でもない。ただ単に神の走狗として、そうするのだ。そのことを確認しておきたくてな。」


リウの剣がおのれの首筋に上がった。


キンッ!


鋭い金属音が、その首筋でなった。

リウの剣と、ザジの剣が噛み合っていた。


見えない!


勇者が必ず習う剣に、ミトラ流というのがある。

初代勇者と剣聖ガルフィートが、磨いた剣術がいろいろと時代のアレンジを加えて、現代まで伝わったものだ。

その奥義のひとつに、「瞬き」という技がある。

とんでもない高速移動で、相手の死角に回り込んで致命の1撃を加える技だ。


わたしは、一応勇者なので、ミトラ流の一派の師範について、剣を習っている。


もちろん、奥義に属する「瞬き」など使えるはずもないのだが、それでも、ザジの速度はがそれを上回っていることはよくわかった。


リウくんは反応したが、反応しなければ首と胴体が、生き別れだ。


「やるな、旧魔王…うおおっ」


ザジは慌てて飛び退いた。


ウゴールさんが、炎の鞭で、リウくんに襲いかかっのだ。もちろんザジもろともに焼きつくす勢いで。


リウくんも最小限の動作で、鞭をさけた。

火の粉がとんで、リウくんの前髪を燃やす。


「何しやがるんだ! この死霊が!」


ザジはさけんだ。

彼とアゼル姫は、ほとんど外見が変わっていない。

しかし、アゼル姫は、腕に魔力を蓄え、相手を浮かんで爆発させる力を。

ザジは、攻撃魔法を反転させる能力を身につけていた。


この間に、アゼル姫は、自分で吹き飛ばした右手と、リウに吹き飛ばされた左手の再生を終えている。


リウは、それ自体が生きてる蛇のように、のたくるウゴールさんの攻撃をさけて、その胴を剣でないだ。


効果がない!?


もともと死霊のウゴールさんには、いま魔王覚醒で得た肉体も、たんなるヤドリギに過ぎないのだろうか。

ばっくりとひらいた胴体のなかには、臓器は見えず、次の瞬間には傷口は閉じて、敗れたローブまで再生している。


これはもう、再生とかではない。

まったく効いていないのだ。


リウくんは、降りかかる火の粉に顔をしかめなごら、後退した。自分の剣に魔法を込めようとする。そのリウの顔に。斜めに傷口が開いて、血を吹き出した。


「愚者反転。」

ザジがげらげらと笑った。

「おまえが件に付与しようとした切断の魔法で、自分が切られた気分はどうだい?」



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