第109話 五体の魔王

やめええええっ!

戦いは自分が有利になるように、苦労して苦労して舞台設定をするものなんだ。


なんで、自分をぎりぎりまで追い込む。

それでなんで勝とうとする。

バカなのか。

常識ないのか?


‥‥‥


ああ、そうか。魔王なのか。


わたしは、ヴァルゴールとしの記憶を探った。懸命にあさったが、こいつ(もしくはわたし自身)は、地上でなにが起ころうとろくに関心がなく、神界で、捧げられた贄の数を勘定していたのだ。


「彼」に指摘されるまえから、捧げられる生贄が、自分の力にならないことは、気が付いていた。でも、一応は自分にむかって捧げられたものだから、捧げてくれた信徒や犠牲になった生贄がなにものか、認識しておくべきなのだろう。


当時のわたしはそう考えて、その作業に集中していた。


わたしは、この世界にきてから、主に人間のもつ、仄暗い感情のなかで信仰を集めてきた。誰かを強制的に言うことをきかせたい、とか、そのために誰かを不幸にしたい、とか。

これって、あれかな、恋愛とかのときに思うことじゃない。

だったら、わたし服従と隷属の邪神じゃなくて、恋の神さまでもよかったんじゃあ。

まあ。そんな暮らしに紐づいた信仰をもつわたしは、戦争でも起きて、ひとがそれどころではなくなると、捧げられる命も減ってやっとのんびりできるのさ。



ところが、どういうものか、かれこれ、千年前、魔王リウが起こした大動乱の最中でも、贄はいっこうに減らず、いや減るどころか数倍増になっていた。


わたしは、当時、わたしの言葉を少しは「神託」として受け取れた祭司長を通じて、情報を収集し、その報告に愕然とした。


魔族戦争において、リウたち魔族軍も、対抗する人類連合も戦の鬨の声で、ヴァルゴールに喰われちまえ!とか、このクソどもをヴァルゴールの贄に捧げてやる、とか、その類の罵詈雑言が、頻繁に使われていたのだ。

いやあ、焦ったよねえ、わたし。


戦場で失われた命が、そのままわたしへの供物になってるんだから。


しかも繰り返し、指摘させてもらうけど、捧げられた命そのものはわたしにとってなんの力にもならないのね。


しかし、そう言ったことをやめさせようと下した神託は、あっさりと拒否られた。

まあ、いま、人間の心をとりもどしてしまったわたしにはよくわかる。


戦場での掛け声を変えさせろって。

そんなこと、邪教の一祭司にできるわけがないわなあ。



さて、話は元に戻る。え、もともと何の話だったかって?


わたしが過去話をなぜ延々と語ったか?

つまりそれは、神という存在にいかにダメージを与えるか、というところに関わってくるのだ。

神さまは、その本体を便宜上、神界とよぶ別の次元においている。

そこから、ひとの暮らすこの世界に干渉することは、ちょっと難しい。


例えば、火山を噴火させたり、地震をおこしたり。

そんなやりすぎなことを除けば、ちょっとしたことをするにも、わたしたちは依代を使わないといけない。


神の世と人の世界は、神の力をもってしても簡単には越えられない壁があるのだ。


ゆえに、この世界に顕在したような神に対していかに攻撃を加えようが、それはなんの意味もない投影像に殴りかかるのと一緒だ。


反面、精神的なダメージはそれなりに通る。

もし、神が全身全霊を込めて計画したことを人が、否定し、排除すれば。


そのダメージは、実際に傷を追わせたのと同等のものになるのだろう。


リウがやろうとしているのは、まさにそういうことだ。


だから、理解はできる。リウの行った所業は。

だが、賛成はできない。だってそれは勝手こそ、だぞ。堕魔王。


勝てるのか?


一対一ならば可能だろう。

だが、相手は五体だ。


リウが左手を上げた。


黒い球体がその手の周りに生じる。

リウの得意技。「暗黒球」。

かすめただけで、生命力をこそげ取る。


リウはそれを「世界の声」に投じた。


これも戦術的には正しい。

「神製魔王」たちは、「世界の声」を守るため動かざるを得ないのだ。


ザジが、暗黒球の軌道上に踏み込んだ。

両手をあげる。


「愚物反転。」


先に、フィオリナの光の剣を反転させたその魔術は、リウの暗黒球にも有効だった。


反転してリウに向かう暗黒球のまえに、フィオリナが、立ち塞がった。

破壊の剣による斬撃に、暗黒球はすべて消滅する。


「おまえも『世界の声』に歯向かおうというのか、北の美姫よ。」

ザジは悲しげに言った。

「黙って俺のものになっておけば、魔王妃として栄華を極められよう物を。」


「きっと彼女はぼくに、溶かされたいんだよ。」

スライムの魔王チエルカが言った。

「さっき、胎内に入ったぼくの粘液が、彼女に内側からそう語りかけているのさ。早く溶けて、愛するチェルカさまとひとつになりたいってね。」


ペッ。


フィオリナが唾をはいた。

それは、人間の唾にはありえないムラサキ色をした毒々しい粘液で、それを顔に浴びたチエルカはのたうち回った。


「おまえの分体はそれで最後だ。」

フィオリナは、口元を拭いながら言った。

「あとは、残念なことに、消化してしまった。次回は、せめて甘味を加えて、果実で香り付けでもしておいてくれ。」


「油断するなよ、魔王たち。」

世界の声が叱咤した。

「それは、最古の魔王とその妃だ。」



アルゼが跳躍。リウのまえに降り立っ。

再生した右手を伸ばして、リウの剣を握る手の手首をとった。

リウが振りほどく間もなく、アルゼの手がが爆発した。


剣を握った手が吹き飛び、地面に転がる。

剣はニメトルばかり、離れた地面に突き刺さった。


「いいそ、アルゼ!」

世界の声が、さけんだ。

「痴れ者どもを蹴散らせ!」


「し、主上! いいよですか? 助けなくても。」

バンティルが、不安そうにわたしに言った。


「いまのところ、まったく異論はないし。」

わたしは、少し大きな声で答えた。

「さすがは、大神『アビス』『ヌビア』『クオーク』それに『聖光教の名無しの神エル』」

のご意見だ。

リウくんとフィオリナが、痴れ者だという結論には、なにひとつ、異論はない。」


ビクリ、と、「世界の声」がこちらを見た。


「な、なぜだ。なぜおまえが」

「神域を尋ねたら、みんなが、アビスやヌビアやクオークの姿を見ないからなにか知らないかと聞かれただけだよ。それにハロルドの姿で、わたしに銃弾を打ち込みきた時に、そこまでは、正体が割れてるわけじゃないか。

あれは、神子じゃないのか?

いちおう、きみたちとは独立した人格をもっているのか?」


「スキあり。」

ニヤッと笑ったリウくんが、アルゼの左手をとった。


爆発。


アルゼとリウくんの左手が、肘から爆散した。


「魔力による過負荷で、体を崩壊させるエネルギーを使った魔術か。」


リウは、感心したように、両手を振った。

肘から飛び出るように、新しい手が復元する。


「おい、やめろ。」

フィオリナが渋い顔をした。


「なせ? 再生さえ、考慮しておけば十分有効な魔術だぞ?」

「再生が早すぎて、なんかの微生物みたで気持ち悪い。」


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