第108話 真なる魔王

「ゲオルグは優れている。」


神の集合体は、わたしを見ていた。たぶん、語るに値する相手はわたしだけと思ったのだろう。


「おまえはやつを騙したつもりか?

あいつは騙されぬ。誰もやつを騙すことはできない。やつは誰も信じない。どんな神をも信仰しない。

そして、やつは神をも欺く。」


おまえも神さまだろう?

その言い方では、おまえも敗北宣言をしてるようなものだけど。


「魔王への進化へ、体の変形が生じることを実証してみせ、さらにその究極進化の直前には、竜に似た形態をとるのだと、信じさせるほどには、おまえをも欺いたのだ。」


そうだ。わたしは、わたしとオルガっち、ルルルぅたち古竜もふくめて、究極進化のひとつまえには、魔王の卵どもは、竜に似た姿をとるものだと、決め込んでいた。

ならば、竜の姿をとるまで、互いに食い合わせ、個体数を減らしてから、古竜たち全員でかかれば、軽々と圧倒できると。そんな計画をたてて、このトーナメントを企画した。


だが、実際には二回戦をおわったところで、究極進化は完了していたのだ。


かくしてバンティルを除いても、究極進化をとげた魔王を複数相手にしなければ、ならなくなったのだ。


ひとつは、無数の球を梁でつなぎ合わせたオブジェのような形をした魔王の卵。球を埋めこんだ盾を使う魔王ラングリッペに進化をとげた。

元冒険者は、魔法を反転させる魔法を駆使する魔王ザジへと。

スライム状の魔王の卵は、両手から相手を絡め取る粘液を出す魔王チエルカに。

死霊ウゴールは、肉体をもつ青年の姿に変化した。だが、その実体は物理的な攻撃を受け付けないばかりか、「死」という概念をたたきつけて相手を殺す、オルガっちの大鎌も効果がない。

皇女アルゼ姫は、肉体の一部に過負荷をかけることで、その部分の破壊と引き換えに爆発的な破壊力をもつ魔法を使う。魔王アルゼへと進化した。


その手でたった今、壊乱帝と「悪夢」が長のミルドエッジさんを抹殺した。


「竜王ルルナよ。」

厳かな声で、「世界の声」は今度は、古竜たちの席に向き直った。

「これは所詮、ひとの争いだ。魔王の因子を植え付ける被験体として、お主の体を借りたことは詫びよう。これよりのち、二度と、人の世の争いに竜を狩り出すことはないと誓おう。これは、この世の理を司るものとしての正式な発言だ。ひとと、神ではその生命の成り立ち方があまりに異なるゆえに約束はそもそも成り立たないが、お主たち竜族は別だ。ぼくは魔王の力をもって、人の世に革新をもたらす。だが、それが一切、竜に被害を被らせることはない。」


「『世界の声』よ。」

ルルルぅは静かに返した。

「ならば、たったいまいらぬ血を流しすぎたな。壊乱帝もミルドエッジも、わたしの知己だ。目の前で惨殺されて、黙ってみてることもできない。」


「いや、現にそうして座っているではないか。竜王陛下。」

「・・・・世界の声よ。前にあったときは、確かフィオリナの姿を持ってわたしたちの前にあらわれたな。」

「そうだったかな? この体はただの幻覚。アキルやバンティルのように顕在するために借りたり、作られたりした依代ではない。」

「フィオリナのまえに、彼女を誘惑するために現れた時は、リウの姿だったときいた。」


ルルルぅは、考え込んでいる。

竜王に「知己」と呼ばせた、壊乱帝陛下、ミルドエッジさん、安らかに眠れ。

だが、いま竜王ルルナ陛下の関心は別のところに移っていた。


「わたしのときには、盟友リアモンドの姿だった。どうもおまえは相手にもっとも重要で、、多くの場合は愛するものの姿をとって、現れるらしい。」

「竜王よ。それになにか、意味があるのか」



じれたように、「世界の声」が言った。



「それとも5体の真なる魔王の覚醒をみて、とてもかなわぬと悟り、現実逃避をしているのか?」

「そうではない。

だが、おまえが相手が愛するものの姿をとって、降臨するクセがあるのならば、その姿は一体誰だ!?」



ルルルぅは、立ち上がった。やせっぽちで垢抜けない。着ているものは、つぎのあたった、エプロンドレスで、一応、着替えは何種類もお持ちのくせに、みんな似たようなコンセプトである、

だが、いっぽ踏み出したときに、岩を削り出した観覧席に、放射状に亀裂が走った。


そう。彼女はもとは竜なのだ。

いまは人化して、たまたま実直な村娘の姿をとっているだけに過ぎない。


作られた魔王たちが、「世界の声」を守るようにその周りに集まった。



だが、ルルルぅの問いに、「世界の声」は、押し黙ってしまっている。


やーい、ばーか、ばーか、ばーか。


ほとんど負けかけているにも関わらず、わたしは心の中でののしった。

いつものクセで、今回の目標であるリウとフィオリナのもっとも大事な者の姿を無意識に選択しちまったんだろうけど。


「彼」の記憶をみんなから奪ったのも、宇宙の果てに飛ばしたのも、おまえらだからな。」


これで、誰か、「彼」を思い出してくれないかな。

わたしは、真剣に願った。

誰かが、彼を思い出してくれれば、道が作れる。

何万光年のかなたでも、きっとむかえにいくからね。


ルト。


久しぶりに、思ったその名前は、わたしの胸に暖かいものを残した。




「そっちの切り札は、全部出せたか?」


いつだって、邪魔をするのは、コイツだ。


魔王リウ。


「は、何を言って。いくらおまえでも同格の魔王五体を相手では。」


風だ。

風邪など吹かない地下迷宮に風が吹く。

あっという間に、それは立っていられないほどの強風になり、わたしの髪を引きちぎろうとする。敵、敵、敵にオールバック。


オルガっちとバンティルが、わたしに覆い被さるように、押し倒した。


竜巻!?


風が収束し、渦をまく。

それは、粘液に閉じ込められたフィオリナを巻き込んだ。


「し、主上! これって。」

「安心して、バンティル。これはフィオリナの」


竜巻に巻き込まれたフィオリナの体から、粘液が引き剥がさせる。ものの数秒もかからなかったろう。

竜巻を消滅させたフィオリナは、試合会場に降り立った。


粘液はすべて飛び散り、消滅している。


「きっちゃない!」


フィオリナは怒ってる。不意打ちを食らったからでも、命が危なかったからでもなく、おそらくは。


「ひとにこんなベタな攻撃しかけやがって。

代償はでかいぞ。」


なるほど、ベタとスライムの粘液のベタ。かけたわけか。うん、山田くん、座布団一枚持ってって。


「やり残した事は、ないよな、『世界の声』」。

負けたあとと、アレはこうだったとか、こうしとけば良かったとか、文句はでないよな?」

リウは凶暴に笑った。

「オレがおまえにこれからプレゼントするのは、究極進化の敗北だ。

罠をしかけて、オレのカザリーム到着を遅らせ、複数の最終進化体をつくり、あらゆる策をこうじて、」

リウは、黒き剣を抜いた。

「それでもなお、オレには勝てない。その事実を教えてやる。」

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