第68話 天使と魔導師


「なんで、わたしをっ! 責めるんですかっ!」


魔道人形、細かく言うと魔道人形に、宿った天使のハクメイは、叫んだ。

顔立ちは、シャルルくんの婚約者であるクロンそっくりらしい。クールで中性的な美人さんだ。

どうも子作りもできる超高性能の特注品らしく、ことが落ち着いたら、今は短剣に宿っているクロンの魂をこっちに移してやる予定だ。


「わたしがなにをしたって言うんです!?」


「シャルルを、自分たちの陣営にひきこもうとしたじゃない?」


「それは、そうなんですが、あくまでも話し合いであって、無理強いしたわけではなく。」

「わたしの胸を吹き飛ばしてくれたよね?」


わたしがそう言うと、ハクメイは黙ってしまった。


「だいたい、そのゲオルク奉仕団?とやらに派遣されていた天使がいるのに、組織の隠れ家のひとつも分からないっていうのは、おかしい。」

わたしは、ハクメイを罵った。

「だいたい、裏切って味方になったら、途端に弱体化して役にたたないとは、どういう訳だ!?」


「しかし、それはヴァ」

わたしの視線に気がついて、ハクメイは真っ青になった。

「……アキルさまが無理やりわたしを、裏切らせたから。」

「これは、“契約”だよ?」


天使は、しゃがみこんで泣き出した。


「まあまあ、アキル。」

事情のよくわかってないオルガっちが割って入った。

「せっかく、調略した敵が味方になってみたら、全然役にたたなかったなんていうことは、よくあることだ。」


うん、それはわかってるんだけどね。

いや、どうもヴァルゴールのわたしは、けっこう嫌な子だな。気をつけよう。


「おまえの裏切りにエルは、気がついてるの?」


わたしの問いかけに、ハクメイは土器色の、顔で黙り込んだ。


「……気がついていません。もともとこの体は」

ハクメイは、手を上げ下げして見せた。

「戦い向きではありませんし、思ったより手強かったので、一時撤退した、と。そう報告してあります。」


「それなら、もう一芝居うとうか。」

オルガっちが言った。

わたしたちは、顔を見合せた。



半時間後、わたしたちは、目抜き通りのオープンカフェにいた。

ここらは、まだ被害はうけていない。


目の前のお皿には、湯気をあげるオムレツ。

とけたチーズの酸味が絶品である。セットで頼んだのは、泡立てたミルクで割ったコーヒーで、わたしはこれも好物だった。


うむ。

食べ物は悪くない銀灰は。

ただ、席がすごくオープンで、地上から、2メトルばかり浮いている。

階段は、ない。


浮遊魔法が使えないやつは、そもそも入るなというスタンスだ。

わたしは、オルガっちに持ち上げてもらった。


旅行者ならともかく、わたしは黒目黒髪で、どっからどう見ても、銀灰人なのだ。

簡単な浮遊も使えないのは、完全に悪目立ちしていた。


ハクメイは、冷たい目をわたしたちを睥睨ひた。わたしたち全員、わたしとオルガっちとシャルルの首には、隷属の首輪がはまっていた。

そこからは、鎖が延びて、その端はハクメイが握っていた。


わたしが、オムレツを平らげるのを見ながら

、ハクメイは、苦い顔をする。


「あのですね、主上」

唇を動かさずに、ハクメイは、わたしにだけ聞こえる声で言った。

「あんまり、美味しそうに食べないでください。あなた方は、わたしの捕虜なんですよ。」


「あれ? そんなに美味しそうに食べてる?」


「口元が笑ってます。あ、なんでオカワリまで頼んじゃうんですか。」


だって、お腹すいたんだもん。


「ほんとに、美味しいよ、これ。ハクメイも食べてみなよ。」


迷惑そうに、ハクメイは黄金色に輝くオムレツを口に運び、

「あら、美味しい!」


でしょ?

けっきょく、シャルルくん以外は全員がオムレツをオカワリした。カフェラテもオカワリして一息ついたところで。



「奴隷どもを甘やかしているな。」


そいつは、唐突に現れた。

気がついたときには、わたしたちの座るテーブル席に座っていたのだ。


髪は白。長く伸ばしたそれを首元でまとめて結んでいる。

身につけたスーツも白。

唇と目だけが赤い。


「銀灰の皇位継承者の第一と第二だ。あまりに非礼もできぬだろう。」


「やつらに奪取された人形に再び宿り、こいつらを捕虜にしたのは、見事だ。『世界の声』もお喜びになるだろう。」

男はじろりと、ハクメイを睨んだ。

「しかし、わたしに連絡もせずに、なぜこんなところで油を売っている?」



ハクメイは、悠然と笑ってみせた。


「そもそもわたしは、おまえたちの居場所も知らないし、連絡のつけかたも、わからん。」


カッコつけたつもりか、ハクメイ。

言ってることは無茶苦茶かっこ悪いぞ。


「だからここでティータイムを楽しんでいれば、誰かが繋ぎをつけてくれるとでも思ったのか。」

「そうだな。現にこうやって、お主がみずからのこのこと現れてくれる。御使いたるわたしの判断にいつだって、誤りはないのだよ、ゲオルク。」


止まれ、オルガっち。

わたしは、目配せしたが、賢明なる銀灰の後継者は、大人しく座ったまま、身動ぎもしなかった。


さすが。

百戦錬磨のオルガにはわかるのだ。


目の前のゲオルクを名乗るモノ。

そいつが生身の体ではなく、魔道人形に過ぎないことが!

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