第67話 うちだけなんもできてない

「今日はこれまでのところ、暴れてだした『魔王の卵』は6体。いずれも、捕獲に成功したよ。クサナギが4体、ミケが2体。

街の損害は……」


竜王ルルナこと、ルルルぅは、手元の資料に視線を落とした。


「テーブル1台に椅子が3脚。それに窓ガラスが3枚割れました。」

「上々じゃないかな。」


わたしは、竜珠のなかのルルルぅに、頷いてみせた。純朴そうな少女は、顔を輝かせた。


「やっぱりそうだよね、アキル! わたしたち、よくやってるよね!」


画像はおそろしく鮮明だ。最新のスマホどころか8K放送でもこうはいくまい。

当然、消費する魔力の量はすさまじいらしい。もともと古竜が自分たちが使うために開発したものなので、そこらへんは完全に無頓着だ。

人間の使っている宝珠は、これをスペックダウンさせて、なんとか人間にも仕えるようにしたものだ。


竜王ルルナである彼女は、この程度の魔力消費など歯牙にもかけていない。

一方、わたしのほうはというと、「魔力」を「消費する」という概念からして理解していない。

アキルのわたしは、もともと魔法なんてない世界で暮らしていた。ヴァルゴールのわたしは、なにかの現象を起こすのに「魔法」を使わなければならないこと自体を理解していない。


すごい?

すごいかな。

おかげでわたしは、冒険者学校の魔法の授業を落第し続けているんだけど。


「ルールス先生のチームはどうかな。」

「そっちのほうは、まだ2体。待機場所の高度10000メトルは、調整の余地があるなあ。さすがの“真実の目”とはいえ、精度が落ちるし、あと、ラウレスが、落っこったときに、屋台をひとつ、踏み潰してしまってる。」

「なんで、古竜のラウレスが落っこちるん?」

「あれは」


ルルルぅは、苦笑した。


「人化すると飛べないみたい。」


そんな馬鹿な!

じゃあいままではどうしてたんだろ?


わたしがそう言うと、ルルルぅは、顔を顰めた。


「地面に降りてから人化するか、あるいは周りのものに、手助けしてもらって降りるか。」

「まさか!」


わたしは、思わず口にしてしまった。


「ラウレスって、駄竜なのでは!?」

「そうね、確かにわたしたちは、よく駄竜ナニナニとか、侮蔑すべき相手に駄竜をつけて呼ぶけど単に“駄竜”とだけ呼んだらそれはラウレスのことね。」


す、筋金入りの駄竜かっ!……


でも、ラウレスは人化した姿は可愛くってちょっとあいつに似てて、素敵だし、何より料理がうまい……


そ、そうか。わたしは気がついた。ラウレスの長所って竜の能力となんの関係もないことばっかなのか!


「で、そのThe駄竜にしては、よくやっている。魔王の因子を植え付けられた『魔王の卵』を2体、捕獲してる。人的被害はなし。物損は、ラウレスがダメにした屋台くらい。」


ルルルぅは、手のひらをこちらに向けた。


竜珠に映った彼女の姿が消え、文字が映る。

けっこう長いレポートだ。

わたしは懸命に目を通した。


「まとめると、こうかな。まず、不味いこととしては、銀灰の国民がこぞって、『世界の声』の誘惑に著しく弱い。」

「その通り。少々怪しげな誘惑でも、魔力を強くしてくれるとなれば、無条件で我が身し出すの。」


これじゃあ、きりがないね。

うん、そうだね。


と、十代半ばの女子っぽく、わたしと竜王ルルナは笑った。


「で、いいことは?

わかる?」


「いいって言い切っていいのか、分からないけど、銀灰のひとたちって、基本的に全員が魔道士だから、自分の中の魔力を制御できるみたい。だから、自分の意思で魔王の因子を分離できる……んだと思う。」

「そうなの!」


嬉しそうに竜王は言った。


「わたしたちは、まず、徹底的に打ち負かすことで、魔王の力がいかに無力で役立た図のものかを思い知らせてから、魔王の因子を分離する必要があると考えていたんだけど、銀灰のひとたちは、ステップの1だけで十分みたい。つまり、丁寧にぶちのめしてやれば、それで自分から魔王の因子を排除する方向に動いてくれるの。」


丁寧に、ぶちのめすという、矛盾した表現と、古竜に丁寧にぶちのめされることが、どんなことになるのか、わたしは少し考えたがどうもロクなことにならない様な気がした。


「ラウレスが捕まえたホテル勤務の男だけどね。」


竜珠のなかの画像が切り替わった。30年配くらい。ホテルか飲食店勤務のような制服に身を包んでいた。


「身体から触手をだして暴れたんだけど、ラウレスが拘束帯で縛り上げてやったら、それだけで諦めて、魔王の力を手放したの!」



なるほど、なら、うまくいけばその場で魔王の因子を切り離してやれるのか。

いずれにしても、今回の「魔王の卵」たちは、互いに争い、相手を打ち倒すことで力を増すように設計されている。なんども勝ち抜いていくうちにどうも魔王としての部分に侵食されていくようだった。自我を失ったものでは、そう上手くは行くまい。


今日は何時までねばる。

そうだなあ、日が暮れたら、クサナギとミケにあとをお願いして一回、皇宮に帰るよ。

じゃあ、一緒にご飯たべれそうだね、あとでわたしとオルガっちの部屋に遊びにこない。

いくいく。あのさあ、アキルはお酒は飲めるの?

うーーん、とね。少しくらいなら。

じゃあ、秘蔵の竜酒をご馳走しよう。定命のニンゲンなら、寿命が伸びるよ。

わあ、楽しみ、そいじゃあとでね。

またね。



さて。

わたしは、仲間たちを振り返った。


三人とも緊張した面持ちである。


「どした? オルガっちまで。」

「なんで、竜王と対等にしゃべってるんだ。」


シャルルくんが、真っ青な顔で尋ねた。


「ルルルぅは、同級生だし?」

「だからと言って!」

「ここで、問題です!」


わたしは一同を見回した。


「竜王と竜王の牙も、ルールス先生とラウレスも順調に成果を上げている中、わたしたちだけが、なにもやってません。

これはどういうことでしょう? ハクメイくん?」


ビクッと、魔道人形がふるえた。額につぅっと汗が流れた。







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