第66話 黒竜の狩り

“気分はどうです? ルールス先生。”

ラウレスが念話で、呼びかけた。


「いや。快適だ。いまこれで、高さはどのくらきなんだ、ラウレス。」


“10000メトルというところ、ですかね。”


人間が“飛翔”であがるには、非常識な高度だったが、竜にとってはなにほどのことも無い。


そして。

ルールスにとっては、初対面となる四人の魔道士たちも一緒だ。

ラウレスに付けられた銀灰皇国の特務戦力「悪夢」のメンバーたちである。


普通、古竜が連れて飛べるのは、ひとりかふたりなので、これはこれで、すごい能力だ。



“しばらくここで待機します。”

ラウレスは言った。

“魔王憑きが見つかったら、急降下、地上500メトルで解放しますので、ご自分で飛翔に移って下さい。”


「ルールス姫はその高度にて、待機ください。周辺の警戒をお願いします。姫の護衛にはわたしがつきます。」

髪にメッシュをいれた少女が言った。

いや、実際には歴戦の魔道士なのだろう。

悪夢のピクセルと、名乗っていた。


「ルルナとクサナキ、ミケは。」


「高度1000程度に待機しています。同行の魔道士は、自分で飛翔しながら、それより低い高度で待機。

街に放った鬼蜂から、連絡があったら急行してこれを捕獲します。実際に暴れだした“魔王憑き”は、彼らに任せて、こちらは、動き出す前の“魔王憑き”を捕獲しましょう。」


■■■■■■



街の東の外れに、貧困者のあつまる街区がある。

雑然とはしているが、それほど、荒んでいる訳でも、とっ散らかっているわけでもない。


銀灰皇国では、社会的に弱いことは、イコール、魔力が弱いことである。

外科的処置や、吸血鬼に捕食させることで、後天的に魔力を高める技術は確立されたが、それらの処置は金がかかる。

そのようなままで、成人してしまった者が集まる街だ。


高低差のあるところには、階段が作られ、崖の反対側に渡るための橋が、掛けられている。

もちろん、ごちゃごちゃと建てられた家は、家の中にも階段があって、採光のために大きな窓が設けられている。


近年、ヨークまでの魔道列車が通り、銀灰皇国も他国からの訪問客がだいぶ多くなった。

彼らは、浮遊の魔法など縁のないものも多く、そうすると、階段があって、橋がかかり、上下水道まで引かれているこの地区は、来訪者の滞在場所として、瀟洒なホテルなどもちらほら出来ている。


バレンスは、そのようなホテルで働いている。

仕事は雑用係だ。主にベッドのシーツを回収し、洗濯をする。

唯一、使える風の魔法で、比較的短時間でシーツは乾く。

ベッドメイキングの係に、シーツを渡したら、食材を仕入れに、市場へ出かける。

収納が使えるものが手が空いていればいいのだが、そうでなければ、両手と背にいっぱいに荷物を背負うことになる。

荷車や馬車のような便利な道具が使えるほどには、さすがに最果東区も道路事情はよくはない。


「こんにちは。」

と、ごく当たり前に、挨拶されてバレンスは、立ち止まった。


見知らぬ顔だった。巻き毛の少年は、にこにこと笑いかけながら、近づいてきた。

くるくるとした茶色の巻毛は銀灰には、珍しいから、とっさにバレンスは、道にでも迷った観光客かと思った。

足をとめて、話をきいてやることにする。


「『世界の声』と話したのはいつですか?」


突拍子もない質問に、くるりとバレンスは反対を向いた。


関わり合いになってはいけないタイプのひとだったらしい。


「ああ、言い方がまずかったのかな。何日か前に、特別な力を授けてくれるという存在と接触しなかったかな?」


再び、バレンスは足を止めた。そういうことなら思い当たる節があったのだ。


「失礼ですが、どちらさんで?」

「黒竜ラウレス。」


バレンスは天を仰いだ。あまり知られていないことではあるが、魔道の修行のなかで、心に変調をきたすものは少なくないのだ。

特別な神から啓示を受けたり、自分が選ばれた特別な存在だと思い込む者も多い。しかし、自分を古竜だと名乗る相手ははじめてだった。


「わかりました。」

いつでも逃げ出せるように回りを見回しながら、バレンスは言った。

「わたしはバレンスって言います。そこのホテルで雑用して食ってるもんで、古竜さんなかと関わり合いになることはありません。

今、買い出しの途中なんで、失礼します。」


ラウレスと名乗った少年が難しい顔をした。

輝く光条がとんできて、バレンスの両手両足を締め上げた。


「な!」

バレンスはよろけて転びそうになった。危うく繰り出した触手で転倒を免れる。

少年は不思議そうに、バレンスを眺めた。


「きみ!」

バレンスは懇願した。

「ここから離れてくれ、こいつは」


体からうねり、次々と飛び出す触手の群れは、ラウレスを狙って蠢く。


「こいつは俺にも制御できないんだ! 俺にかまわないでくれ。きみを傷つけてしまう前に。ここから一刻も早く」


うぞぞぞぞ


蠢く触手の群れがラウレスを絡めとった。

ラウレスが生み出した拘束体は、バレンスの両手両足を締め上げていたが、そんなものは関係なさそうだ。


触手は、ラウレスを持ち上げて地面に叩きつけた。何度も。何度も。


ラウレスは、触手を掴んでもぎはなそうとしたが、力が強い上にぬらぬらとすべり、うまく掴めない。

叩きつけにあまり効果がないと悟ったか、今度は触手は口の中に侵入を試みる。


はあ。


ラウレスは心の中でため息をついた。


口腔内で生成した火炎魔法を吐き出す。使ったのはただの火炎魔法だったが、竜の魔力によるものだ。

触手は一瞬で燃え尽きた。


同時に、ラウレスも崩れ落ちる。


当然だろう。

竜鱗のコーティングもない口の中で、火炎を紡いで吐き出したのだから。


ここらへんは、なかなか学習しないラウレスであった。

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