第65話 贄の効用

「魔獣にまで、その魔王の力を移植することが、可能だというのですか。」


雑談混じりにはじまった会話は次第に、真剣なものになっていった。


「という、実験だろう。」

リウは、ドロシーのいれたお茶をおかわりしがら言った。

「“世界の声”にできるのは、魔王に至る因子を植え付けることまでだ。

より、強大な力を持つものに因子を植え付ければ、強い『魔王の卵』を作れる。」


「それ、はたしかにそうなのでは?」

「そう簡単にはいかないんだ。」


フィオリナが笑みを含んで言った。


「もともとの力と『魔王の因子』がぶつかれば、逆に力は弱まってしまう。もともと強大な力をもっていれば、そうなってしまう可能性が高いんだ。」


「実際にそういった例があったのですか?」

「ある。ひとつはわたし。」


フィオリナは自分を指さした。


「姫ご自身が!?」

「ああ・・・・リウをカザリームにやってしまって、いろいろ溜まっていたのを、『世界の声』につけこまれた。」

「『世界の声』と接触された、と?」

「そうだな。実にわたし好みの姿で現れたぞ、やつは。」

「どんな・・・・・」



あはは。

と、フィオリナは照れくさそうに笑った。

「興味があるか? そうだな、リウに少し雰囲気は似ていた。でももう少しかわいい感じだな。頼りないって言えばそうかもしれないが、こんなやつなら、ずっと一緒にいても喧嘩なんかにならないだろうと。わたしは、そいつを。」


ああ。フィオリナはため息をついた。


「・・・なんていうか、一目惚れだよ。まるで、ずっと昔から知っていたような気がした。こいつの言うことなら信用できるって。無意識にそう思ってしまった。

やつが言ってたよ。わたしは自分が好きなようにすればいいと。リウも自分のこともずべてが、手にはいると。わたしはそうしていいんだと。魔王になればすべてが手に入るのだと。」


「で・・・・・あなたはその力をどうしたんです?」

ゴーハンは、さすがに疑い深そうな顔をしている。


「決まってる。別に強くならないばかりか、リウにもらった魔剣にいたっては、こちらの命令に一切したがわなくなった。。こんな力は必要ないから放逐した。」


「『世界の声』に移植された『魔王の因子』を自分で放逐?」


「自分でそうするのは難しいだろうが・・・・同じようなことは、ルルナもやってのけていた。」

「ルルナ?」

「現竜王。」


頭を抱えたゴーハンの肩に、そっとドロシーは、手をおいた。


「ドロシー、彼らはいったい。」

「わたしたちは、“踊る道化師”。」


笑みを含んで、ドロシーは言う。


「フィオリナと竜王への『魔王の因子』の植え付けがうまくいかなかったので、彼らは方針を変えました。人間のなかに複数の『魔王の因子』を埋め込んだものをつくりあげ、互いに殺し合わせることで、強化を図る方法です。」

「それは、まるで蠱毒・・・・」

「戦士の国『諸侯連合』も、魔法に対する理解はたいしたものだな。」


リウは、頬杖をついている。


「諸国連合は、数十年にわたって、銀灰皇国と戦い続けています。」

ゴーハンはむきになって言い返した。

「敵をしらずして勝利をおさめることはできません。ただし、蠱毒は純粋に魔法というよりは呪術に属する邪法とされているはずです・・・・それが、いま現在、銀灰皇国で行われている『魔王憑き』だということですか!?」


「そうだな。おまえたちの言う『魔王憑き』の進化は、ひとつには体の巨大化があるようだ。」


身の丈10メトルをこえる大猩猩の姿をゴーハンは、思い起こした。


「そしてそこから、さらに他の『魔王憑き』を倒すことでさらに竜に近い形態に進化。まあ、どの程度まで古竜に近づくのかは個体差が当然あるんだろう。そこから、さらに『魔王憑き』を平らげると。」

リウは、自分が倒そうと思った「そいう」を、ゴーハン、ドロシー、フィオリナが倒してしまったことをあらためて思い出していやな顔をした。

「人間の姿になるらしい。この時点で、それまで知性のなかった魔獣も知性を獲得したようだったな。はたしてこれが、戦闘に有利に働いたかどうかは不明だが。」


「みなさんは、『世界の声』を倒すために、銀灰に向かわれるのですね?」

「そうだな。できればヨークから、さらに数日かけて山道を踏破するルートは取りたくないんだ。」


「さすがに、お話をここまできいて、諸侯連合の領地を通さないとは言えませんね。」

ゴーハンは考え込んだ。

「実際に諸侯連合が街道を封鎖しているのは、交易商人であって、冒険者の出入りまでは規制していません。みなさんが、諸侯連合の支配下にある旧街道を使うと言っても、あらためて、止めるものはいないわけですが。」


「なにかまだ心配することがあるのか。確かにほっておけば、銀灰皇国は国家として存在を許されないほどのダメージを負うことになるが、そうして誕生した『魔王』とやらは、西域全部を焼き尽くすぞ。ここで止めない手はない。」


「それは承知いたしました。ただし。」

ゴーハンは、拳で自分の厚い胸板を叩いた。

「わたしも同行させてもらいます。これは銀灰に対して、害をなすためではありません。およばずならが、その『世界の敵』に対して、およそ、西域に住むすべてのものが、抵抗することが必要と思われたからです。」

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