第64話 かくして魔王とその妻は神格化される
闇猩猩の群れは、首魁が倒されると同時に、撤収していった。
いや・・・・・・
ゴーハンの部下たちの話を総合すると、どうも彼らのボスである巨大猩猩が、ヒトガタに進化したあたりから、統制は効かなくなって、逃げ始めたらしい。
とはいえ、街中で戦いが行われた以上敵を倒して、追い払って、はい終わりとはいかない。
火災を消し止め、怪我をしたものたちのうち、特に重傷のものには、魔王自らが治療に当たった。
神々しいまでの美少年であるリウは、聖光教の慈愛の天使ノウブルのようだと讃えられたが、この評価はリウやドロシーにとっては、甚だ微妙なものであったのは言うまでもない。
町長は、50代の極々、真面目で平凡な男で、おそらくは真面目で平凡なことだけを持って、ボンペリーの町長になったようだった。
突然、街を襲った災難になすすべなかった彼は、たまたま湯治に来ていて、魔獣を撃退してくれた隣国の貴族であるゴーハンにすがりついた。
ゴーハンは、部下たちを使って、家を失ったものを一箇所に集め、負傷者を手当てした。
一時間の話し合いのうちに、ボンペリーの街は、諸侯連合の配下に入ることにほぼほぼ固まった。
もともと、直接に統治者を中央機構が派遣し、税を納めていていない街はいくらでもあったし、ボンペリーもその一つであった。
諸侯連合の男爵としては、これから街の再建を見積もり、その費用を主筋の公爵家から借入れるという頭の痛い作業も待っていた。
被害者の救助活動は、えんえんと続き、なんとか作業にめどがついたころには、夜が白みはじめていた。
一同は、そこから昼過ぎまで眠った。
街の破壊はある程度、限定的で、彼らを受け入れてくれる宿はいくらでもあった。
午後になって、ゴーハンとドロシーの部屋に(実に自然な流れで彼らはそうなったのだ。)を、フィオリナたちが訪ねた。
ドロシーは、テーブルに3人を座らせて食事の支度をした。
「お疲れ様です。」
夕べから食事らしい食事をとっていない自分たちも含めた四名のために、ドロシーが注文した食べ物は10人前以上になる。
まったく、大変な夜だったが、リウとフィオリナに対してはそのくらいの挨拶でいいだろう。
フィオリナは、メイド服に着替えたドロシーの首筋や胸元に、新しいキスマークがあるのを発見したが、とくに指摘はしなかった。そんなことをすれば、自分も同じことを言われるのは目に得ていたから。
全員が、食欲のない老人がみたら、それだけで辟易しそうな速度で、山盛りのソーセージや茹でた卵、独特の香辛料で野菜を煮込んただ腹におさめたあと、ドロシーは全員にお茶を入れて回った。
「おまえのところの部下は、大丈夫か?」
思い出したように、リウが尋ねた。
「チェインが二日酔いなほかは。」
ゴーハンは貴族であり、リウは一介の冒険者に過ぎなかったが、自然と目下の態度をとっていた。
王の風格と言えばそうなのだが、ゴーハンら下級貴族といえども、そんなものに気圧される男では無い。
それでも、わかるものにはわたかるのだ。
リウがただものではないことが。
「町長から、リウ殿の銅像をたてたいとの要望がありました。」
「そんなものは、町が復興してから余剰の資金で作ればいい。もっと先にやることが、あるだろう。」
「だからこそ、です。」
ゴーハンは、きょとんとするリウに続けた。
「中央広場のあたりは、かなりひどくやられたので、建て替えです。その際に、街のシンボルとなるべきモニュメントをおきたいそうです。恐るべき災難と……そこから、救いの手を差し伸べてくれた神の御使いのごとき、少年のことをいつまでも街の歴史として語り継ぎたい、ということですな。」
「いいじゃない。銅像にしてもらいなよ!」
フィオリナがくすくすと笑いながら言った。
「現代で最初のあなたの像が、癒しの天使をモチーフにしたもんだって!
後世まで、笑い継がれるシロモノよね!」
「おまえこそ、オールべの神殿の話はどうなったんだ!」
リウは、言い返した。
フィオリナを鉄道公社の守護神として祭りあげようとする「絶士」の一派は、オールべを待ち構えていて、用地の買収は、ほぼ目処をつけ、すぐにでも着工に入りたそうだったのだ。
フィオリナは当然嫌だった。
彼女は生身の人間であり、信徒がいくらふえようが、その祈りを自らの力に変換する術がない以上、彼女になんの得にもならない。
だが、いろいろと考えれば考えるほど、感情的に反発しにくくなってくるのも、一方である。
オールべは、様々な魔道列車の路線が集中するターミナル駅である。
これまで、その利用価値に気が付かぬ伯爵の無理解の中、発展を妨げられていた。
彼と彼の娘が、精一杯考えだした利用方法は、周りの治安を悪化させ、列車の遅延を故意に起こし、スケジュール通りに、列車を運行させたい鉄道公社から、賊との交渉の引き換えに、運上金をせしめることだった。
そのあまりに酷さに、鉄道公社は、オールべを自分たちの直轄地とするよう、ギウリークに働きかけそれは内々に承認された。
そこからまた紆余曲折あり現在のオールべの支配者は、オールべ伯爵となっている。
オールべ伯爵のまたの名を、クローディア大公といい、つまりフィオリナの実父であった。
つまり、その娘であるフィオリナを神格化して、祀りあげようとする一部のものたちの行動は、クローディア大公のオールべに対する治世に、プラスになりさえすれ、マイナスになることはない。
しかも、フィオリナを神格化しようと目論んでいるのは、鉄道公社の絶士の一部であった。
絶士は、鉄道公社の保安部が抱える特殊部隊である。
千や万の軍隊を動かしての戦闘が、勝っても負けてもあまりに損害が大きいため、一騎当千の戦力を選別した特殊部隊の存在は、各国ともに大きくなっている。
例を挙げるならば。ギウリークの「聖竜師団」、ランゴバルドの「聖櫃の守護者」、銀灰皇国の「悪夢」などがそれに当たる。
特徴的なことを言うならば、それぞれが、例えば「聖竜師団」ならば竜人、「聖櫃の守護者」ならば、かつての英霊が眠る棺を護り、その武具を受け継ぐ、と言ったそれなりの出自があるのに対し、「絶士」は純粋に能力だけでかき集められた集団だった。
中にはもと英雄級の冒険者あり、異世界転生者あり、この世には存在すらしないはずの上級精霊あり、とバラバラな代わりに、その力は他国のそれを一歩リードしていた、と言えよう。
フィオリナを神に担ぎ上げようとしている絶士は、今は失なわれた神に仕えた神官とその守護聖獣たちだった。鉄道公社の大立者であるアイザック・ファウブルもこれに乗り気で、話はトントン拍子に進んでいる。
こうなると、政治的なバランスも徹底的に仕込まれているフィオリナも、あまり自己都合だけで、いやとは言い難いのであった。
ただし、神殿の正面に建つ予定の彼女の石像に、せめて衣装を着せてくれ、と言いうのが、彼女にできる精一杯の抵抗だったのである。
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