第63話 魔王さまのお仕事

血と。泥に塗れた魔獣少年の顔は、もうあまり美形とはいえなかった。


「無駄な抵抗などするな、人間。俺は魔王だ。真なる魔王だ。」


少年は吠えた。


「そうか。俺は諸侯連合ダレク男爵ゴーハン、という。

もっともらしく、しかめっ面でゴーハンは、自己紹介をした。

「わたしは、冒険者パーティ“踊る道化師”のドロシー。」

「で、俺の愛する女でもある。」


「どうもカップルって、はたから見るとどうひてもバカにしか見えないのよね。わたしは“踊る道化師”フィオリナ・クローディア。」


三人が三人とも。(少なくとも見かけ上は)魔王を名乗った存在に気圧されたふうには見えなかった。


魔獣、は懸命に、獲得したばかりの知性をフル回転させた。

剣士の男には、充分にダメージを与えたはずだが、それでも立ち上がってきた。体が人間なみに小さくなって閉まったとはいえ、片手を振り回す腕力は大したものだ。

剣士の女は、頑丈だ。殴りつけた拳を額で受けて、破損させるなど、とっさの判断力もいい。

三人目。

銀色の肌をした女は、魔法士だろう。たしかさっき、彼の魔法に介入して火球を暴走させた変わった能力の持ち主だ。


よし、こいつから、やる。


魔獣は意思を固めた。

後方に控えた旧魔王もふくめ四体。油断のできる相手では無い。

街中に散らばった眷属は、こいつらの仲間に次々と掃討されていく。それ自体は惜しくは主ない。もはや、ただの闇猩猩など、邪魔な存在だ。これからの一族は、彼自身とニンゲンの女どもとの間に産まれた子で形成される。

たとえば、目の前にいる女剣士と女魔法士のような、見目の良い女どもとの間でだ。


魔法は、また邪魔される可能性がある。


魔獣は、足に力を込めた。

高速移動だ。目にも止まらない超高速移動で、反応する間も与えずに、一撃で昏倒させる。


それでまず1人、始末する。


女魔法士がマントを広げた。

それが彼女の肢体を覆う。

そんな誤魔化しが、魔王に通じるものか。


ダンッと、蹴ったはずの地面にずぶり、と足が沈み込んだ。

バランスを崩した「魔王」の顔面を、ゴーハンの魔剣が切り裂いた。


それでも、「魔王」は踏みとどまった。

「魔王」としての矜持、脆弱な人間風情への侮蔑、知性と一緒に獲得した様々な不純物が彼をそうさせたのだ。

野生の動物としての勘は、逃走を早くから呼びかけていたのだが。


吹き出す血流を、意志の力だけで体内に逆流させ、傷口を閉じる。


そこに、抉るようにフィオリナの剣が、撃ち込まれた。


ガードした両腕が消失する。

剣を中心にあらゆる物が、分解、消滅していく。


「か、かみが」

消え失せる寸前の唇が呪いの言葉を呟いた。

「まおうのチカラが・・・・・」


見事な連携で、究極進化した「魔王の卵」を葬り去った三人は、怒りに髪を逆立てる真なる魔王と対峙した。


「お、おまえら・・・・・」

はっきり言って、視線だけで相手を殺せる。並の相手ならば。

リウの怒りはそういうものだ。


だが、相対する三人のうち、まともな並の相手はいなかった。正確にはドロシーは普通の人間の範疇ではあったのだが、人間を超える相手との付き合いでも、馴れというものは往々にして存在するのだ。


「こいつはオレが倒す、と。そう言ったはずだぞ。」

「力量を測るだけなら、ここで観察していれば十分でしょう?」


今のところ、リウにベタ惚れのフィオリナではあったが、こと戦いとなれば、冷静な判断力が働くようだ。


「オレが戦うと言ったんだ!」

「まあ、リウ。」

ドロシーが驚いたように言った。

「あなたには、もっと大事な任務があります。」

「なんだ、それは!!」

「火事を消し止めて、怪我人たちを救助してください。フィオリナは治癒魔法は得意ではないですし、わたしは魔力が打ち止めです。」


「リウ殿。」

ゴーハンが口を挟んだ。

「わたしからもお願いいたします。わたしもわたしの部下たちも治癒魔法は、並程度しか使えません。救える命があれば、何卒、ご助力をいただきたい。」


リウは天を仰いだ。


「おまえら・・・・オレを馬鹿にしているのか。」

「リウってば・・・・・」

ドロシーは、呆れたように首を振った。

「あなたにそんことがわかるデリカシーがあったなんて!」




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