第62話 混迷させたいがための戦場

ゴーハンは、炎の矢を放った主を睨んだ。


「どういう事です? フィオリナ姫。」


美影身は、再び変貌をはじめた魔獣と、ゴーハンの間に降り立った。


「我が君は、魔王の卵との合戦をご所望。」


ゴーハンは、化け物を見る目付きで、美姫を見つめた。


「こいつは共食いを、する度に、強化されます。」

「次の強化が最後になる。それを」


形のよい唇は、世にも恐ろしい弧を描いた。


「見定めてから、屠る。と、我が君は、そうおっしゃっている。」


ゴーハンは、体を沈めながら旋回する。

死角から軌道を描いた一閃は、フィオリナのかざした剣を両断した。


フィオリナの前髪が数本、落ちた。


「ただの鉄ではこんなものか。流派は? わざのなは?」

「我流です。血振り三極。」

「見事なものだ。」


フィオリナは、もう一刀。なんの拵えもない直刀を抜き放った。


「さて、もう少し楽しもうか。」


銀色の閃光は、フィオリナとゴーハンの間に割って入った。


「ドロシー!!」


フィオリナとゴーハンの超えはきれいにハモった。


銀のギムリウススーツに、身を包んだドロシーは、2人を当分に見比べ。


「い、痛い。」


そういって、足を庇って蹲った。

それはそうだろう。

5階の高さから、ほぼ魔力の枯渇した状態で飛び降りたのだ。

風魔法でなんとかクッションをきかせたのだが、十分ではなかった。


慌てて、ゴーハンがドロシーを抱き起こした。


「わ、わたしもゴーハンに賛成です。」

ドロシーは苦痛に顔を歪めながら言った。

「て、敵はすみやかに排除すべきです。悪戯に戦いを長引かせれば街の損害が拡大します。」


「ああ、おまえらはそういう」

フィオリナは、バカにしたように2人を見やった。

「まあ、リウに任せておけ。悪いようにはなるかもしれないが最悪にはならない。」



四人が見守る前で、竜は急速にその姿を変えて言った。

10メトルを越えた巨体はみるみる縮み、長い尻尾(すでに、ゴーハンによって半ばから切断されていたが)も消失し、首ももとの長さに戻った。


ふううううう。


起き上がったとき、それは、普通の人形になっていた。

闇猩猩にも似ていない。それは完全な人間の姿だった。

与えられた傷も回復していた。


体型は人間のものだ。まだ少年のもので、ニヤリと笑いを浮かべたその顔は、どこかリウに似ていた。


「ああ・・・・・」

首をゆっくり振りながら、巨大猩猩から竜、そして、人間へと姿を変えた「それ」はゆっくりと言った。

「素晴らしい。素晴らしい気分だ。これまで得た記憶が、意識の中で統合されていく。これが知性、と言うものか。」


その両手に火球が瞬時に現れた。


「ふむ? 声による詠唱の必要なしに、これまでと同様の火炎球が作れる。しかも左右同時に!」


浮かんだ笑みが徐々に狂気に満ちたものに変わっていった。


火球はオレンジから黄色に、さらに白に色を変えていく。


「おお・・・威力もこのように増していく。素晴らしい。素晴らしい。これが神に祝福されし魔王の力なのか。これなら」


その両手首が、同時に切断された。


ミトラ流の「瞬き」にも勝る瞬発力で近づいたゴーハンの、一撃によるものだった。

切断された両首が保持していた火球は消失した。


「血振り連極。」

目前で、体を沈めながらくるりと回って、放った一刀は、一連の動作で左右の手首を同時に切り落としたのだ。


「良い技だな。」


切断した両手首がそのまま、拳となってゴーハンを打ち据えた。

防具をつけていればまた違っただろうが、彼は、今、布の服を羽織っているだけだった。

足元の瓦礫に、頭から突っ込んだゴーハンは、ピクリとも動かない。


「ゴーハン!!」

ドロシーの悲鳴と、同時にフィオリナが動いた。

踏み込みと同時に、仄暗く輝きを放つ剣を振り放つ。その一撃を軽く跳躍してかわした。


同時に、切り落とされた両手首が今度は、手刀となって、フィオリナの脇腹を左右から貫く。

ぐうっと声を上げて、フィオリナが体をふたつに折った。


「驚いた。」


両手首がもとの場所に収まる。感触を確かめるように、手を握ったり開いたりしながら、少年の姿をした魔獣は、楽しげに笑った。


「どんな腹筋をしているんだ? 俺の指で貫けんとは!」


返答は、神速の蹴りだった。

側頭部を狙ったフィオリナの蹴りを、魔獣は首を振ってかわしたが、フィオリナの蹴りは軌道をかえて、その顎先をとらえた。


ガキっ!


魔獣は顎をひいて、その足先を挟み止めた。そのまま、拳で足を撃ち抜く。

フィオリナの足が妙な方向んに折れ曲がる。続く内撃は、フィオリナの顔面を打ち据えた。


がくり、と膝をつくフィオリナに追い打ちをかけようとして、魔獣は舌打ちして、一歩下がった。

フィオリナの頭部を撃ち抜いた拳の指が数本、へし折れていた。


額から血を垂らしながら、フィオリナは立ち上がった。

魔獣の拳をとっさに、前頭部。もっとも固い骨で受けたのだ。

あくまで、本来の魔獣としての力と与えられた魔王の力であって、特に鍛えたわけではない魔獣の拳は、砕けていた。


「よしよし。あとはオレに任せろ。」

リウは、嬉しくてたまらないように、ゆっくりと前にでた。

フィオリナは不満そうに、場所をあける。


「早く来い、旧魔王。」

指を引っ張って正しい位置に骨を戻すと、魔獣もまた嬉しそうに笑った。

「おまえの部下はいい。おまえを殺した後は、ふたりとも俺の女にしてやろう。闇猩猩の子を産むがいい。我が一族は、すべて俺が魔王となるための贄となった。新しい一族は、おまえたちが産むのだ。」


リウにう向かって進もうとしたその足首を。太い指ががっきと掴んだ。


首まで地面にめり込んだゴーハンの指だった。


振り払おうとた魔獣の体を、足首をもったまま、ゴーハンは振り回し、地面に叩きつけた。


「ガキの姿をされるとすぐに油断するのは、俺の悪いクセだ。」


身を起こしたゴーハンの顔は血まみれだった。だが、ダメージはそれだけであって、口調は明晰で、ふらついた様子もなかった。


「おまえは、魔王という言葉に引きずられて、リウ殿に寄せて擬態しているだけだったな。

しかもその体になるために、一族を犠牲にしたと?

気に食わん。実に気に食わん話だな。」

「おまえたち人間も同じことをするだろう? 死に損ない。」

「そうだな。そういうヤツはいる。」


ゴーハンはそこはあっさり認めてた。


「だが、そういうやつには俺はきちんと指導してやってるんだ。だからおまえにもそうしてやる。」


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