第61話 更なる進化
大火球を発射しようとした巨大な猩猩は、火球を暴発させた。
頭部を火炎に包んで、それは地面に倒れた。
建物をふたつ巻き込んで、地面の上を転げ回る。
フィオリナとリウの目は、その直前、猩猩が構築していた巨大な火球に、小さいが、はるかに凝縮した火炎球が打ち込まれたのを確認している。
「ドロシーのやつ、腕を上げてるな。」
フィオリナはつぶやいた。
「当たり前だ。俺だってドロシーを遊ばせてたわけじゃない。」
リウは、自慢げに答えた。
「相手の魔術の起こりを察知して、術を暴走させる。あの方法で、あいつは魔王の卵たるドゥルノ・アゴンを倒している。」
リウは、火を消し止めた大猩猩が起き上がってくるのを見守っている。
「魔王の卵。諸侯連合ふうに言えば“魔王憑き”になっている。」
フィオリナが、腰の剣を抜いた。
なんの変哲もない白い刀身は、闇に沈み込むように輝いた。
「どんな戦法が得意かは知らんが、先に倒す。アロエベラの失敗は繰り返さない。」
戦いの駆け引きを楽しもうとしたあまり、あるいは剣士としての矜恃、そういったもなからフィオリナは仕掛けを誤り、結果、アロエベラの街は壊滅。踊る道化師は、ロウとギムリウスを喪った。
大猩猩の傍に、半ば切断された猩猩が落ちてきた。
それを大猩猩は、それを鷲掴みにすると、そのまま
口に運んだ。
バクん。
一口で、上半身が消滅した。
仲間を飲み込んだ巨大猩猩は雄叫びを上げる。
今度は類人猿のそれではない。
全身から体毛が抜け落ちていく。
首がぐぐっと伸びた。
顔もこれまでの猿に似たものから、口の尖った爬虫類に近いものに変貌している。
それは、紛れもなく。
竜。
だった。
精霊がいなくなり、神々が他の次元に引きこもった現世において、最強の存在。
尻尾がずるりと伸びた。
それは、破城槌の威力とムチのしなやかさをもって、10メトルばかりはなれた建物の上部をないだ。
斬!!!
切断された尾の先端が宙に舞う。
建物の屋上から飛び降りざまに尾を切断した偉丈夫は、着地と同時に、振り抜いた剣をもう一度、振りかざした。
竜が口を開けた。乱杭歯は一本一本が剣の長さと鋭さをもっていた。
男を喰らおうとでもするように、頭部が迫る。
「ゴーハン!!!」
屋上から銀の衣装に身を包んだ美しい女性が叫んだ。
そちらを振り返らず。男爵ゴーハンは、背中の筋肉で大丈夫だ、と答えた。
「あれが、諸侯連合のゴーハンか。」
リウがうれしそうに笑った。
「たのしそうなところじゃないか、諸侯連合は。」
巨大な竜の頭部めがけて、真っ向両断。なんのフェイントもない。ただただ最も疾い剣の一撃。
その一撃は見事に、竜の頭部を半ば切断し、顎までぬけた。
・・・・ドウッ・・・・
体当りするような竜の巨体。その質量までは止められず、ゴーハンの体が吹き飛ぶ。
対面の壁に叩きつけられ、壁に放射状にひび割れた。
普通、人間がそんな衝撃を受ければ、即死なのだが、うおおっ、と吠えて、ゴーハンは体を起こした。
「男爵様!」
「閣下!」
呼びかける部下たちに、身を起こしたローハンは怒鳴った。
「ここから、離れろ!
このでかいのは、俺と銀雷が仕留める。おまえらは三人人組で、小さいヤツを当たれ!」
応!
と、部下たちは叫んで、それぞれのチームを作り、走り出した。
猩猩が、変化した竜は、地面に倒れている。まだ死んではいない。尻尾が蠢き、再びゴーハンに振り下ろされた。人の胴体を重ねたような厚みのある鞭を、ゴーハンの一閃がまたも両断する。
そのまま、剣に肩に担ぐようにして、猩猩竜に突進した。
魔力など使っていない。純粋に筋力だけの突進だ。だがなんというスピードだろうが。
しかも夜の帳のなか、あかりと言えば燃える家々のみ。路上は瓦礫の山である。
なんとか身を起こそうとする竜の、肩口から胸にかけて、ゴーハンは、深深と切り裂いてた。
竜の上げた雄叫びは、戦いの鼓舞ではなく、悲鳴だった。
転げるようにして、ゴーハンから遠ざかろうとするが、尻尾を入れれば15メトルを越える巨体がそんなことをすれば、それはさらに街の破壊を促進することになった。
いずれにしてもあと一撃。
それでトドメをさせる。
半分に割られた頭。深々と臓器まで達した胸部の傷。例えばスライムのような「核」以外に明確な急所をもたない生き物以外は、ただちに修復にかからねば命を落とす。
そして、ただちに回復にかからない、ということは
ゴーハンの攻撃が効いていることにほかならない。
血を吐きながら、竜はくびをもたげた。
目の前に、闇猩猩の一疋が蹲っている。それにかぶりついた。
割られた顎では、咀嚼はできない。
そのまま、飲み込んだ。
「なにをやっている?」
フィオリナがつぶやいた。
「さっきも同じようなことをして、猿から竜に変貌したぞ。」
「卵同士の、共喰いによる強制進化だ。」
リウが答えた。
「最強種たる竜を越える形態か。おそらくはそこが“アガリ”だろう。面白いな。見てみたい。」
フィオリナは頷いて、なにかが起きる前にトドメをさそうと竜に向かうゴーハンの目の前に、炎の矢を突き立てた。
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