第69話 魔導師ゲオルグ
「シャルル殿下。」
うやうやしく、しかしどこか揶揄するような声で、ゲオルグは、シャルルに向かって頭を下げた。
「あなたは、いま我らが天使に捕虜という立場だ。改めて、我々の計画について話をさせてほしい。いかがかな?」
「あなたが、ゲオルク殿か。初めておめにかかる。」
シャルルも頭を下げた。なかなか貴公子っぽい。
とりあえず友好的に会談は、始まっている。
そうならないと、困ることに、わたしは気がついていた。
わたしだけは気がついている。
このお店はけっこうお高いのだ。
そして、魔道人形に半ば無理やり定着させられたハクメイは、当然貧乏学生のシャルルは、まあ、分かるとしても、この貧困勇者アキルさまも、指名手配中の皇位継承者「闇姫」オルガも、完全にお金の持ち合わせがないのだ。
もし、ゲオルクが現れてくれなかったら、ヤバいことになっていた。
オルガの顔でツケはきいただろうか。
オルガは、あることないこと罪をきせられて、実はけっこう評判が悪いと、本人が言っていた。そこに無銭飲食が加わるとはたしてどうなるのか。
史上初の食い逃げで、皇位継承者の座を剥奪された姫君になるのだろうか。
「まずは、ひとつ、あなたの誤解を解いておきたい。」
シャルルは、隷属の首輪を掴んだ。バキッと乾いた音を立てて、首輪が破損する。
足元におちた首輪を、彼は靴の踵で踏みにじった。
「わたしは、ハクメイに頼んであなたに接触機会を作ってもらったのだ。無理やり連れてこられたのではない。」
「……ずいぶんと、手の込んだことをする。」
ゲオルクは、砕けた首輪とシャルルの顔を等分に眺めながら、唇を歪めた。
「わたしもオルガ殿下も、そちらからの提案には充分、興味がある、ということだ。」
シャルルは、同じくらい冷たい笑みを浮かべた。
「どういうものか、この天使サマは、そちらと連絡をつける方法を知らないという。ウソは言っていないようだが、そんな馬鹿な話があるのかと、思ったが、そちらから連絡をつけてもらう以外に、接触をとる方法はないと言い張る。」
オルガっちも、首輪を軽く二本の指で叩いた。それだけで首輪はバラバラになって、落ちた。
「壊乱帝は、後継者に指名した。」
凄みをきかせたオルガっちは、ほんとにスゴイ。隣にいるわたしまで、震え上がりそうだった。
「だが、わたしを公式に皇太子にたてようとはしないし、だいたいいつになるのだ? あの男が引退するのは。」
「なるほど。」
ゲオルクは、舌で唇を湿らせた。
「なるほど。どちらもいまの体制には不満があると。」
「当たり前だろう。ただし、ハクメイ殿が言ったように、全てを破壊と混沌に叩き込んでしまうのは困る。ちゃんと美味しいところも残してもらわないもなあ。」
「そこらは、交渉の余地はありそうですな。」
「そうだな。わたしたちは、あの『魔王の因子』を植え付ける相手を、彼らを制御する方法を手に入れたい。
壊乱帝はどういうルートを使ったのか、有力な古竜を何体も動員している。さらには、ランゴバルドからも援助をえている。
われわれから、彼らの同行についての情報を流せば、市民への被害を最小限に抑えながらも、『魔王の卵』を増やすことができることが、できるだろう。」
ゲオルグは、ゆったりと微笑んだ。
「いかがでしょう、場所を移してから、ゆっくりお話はできませんか?」
ふたりは顔を見合わせて、頷いた。
ゲオルグは、すい、と自然な動作で人差し指をわたしにむけた。
バチッとわたしの目の前。1センチで火花が散った。
ハクメイが、手のひらをわたしの前に差し出していた。それが、ゲオルグの力からわたしを守ってくれたのだ。
「関係ない者には退場していただこうと思ったのだが。」
「それは、わたしの婚約者です。ゲオルグ殿。」
シャルルくんが、短剣の柄をそっと握りしめながら言った。
「わたしとは一心同体だ。一緒に連れて行く。」
「ゲオルグ。言われたとおりにしろ。わたしもその少女を攻撃しようとして、失敗した。」
ハクメイがフォローをいれてくれた。
ゲオルグは、しぶしぶ頷いた。
「では、場所を移動するといたしましょう。」
わたしたちの座る椅子。テーブルごと。そのまま空に浮かぶ。風は感じない。おそらくは古竜と一緒に飛ぶときのようななんらかの力場に包まれているのだろう。
まずい!
とってもまずい!
これは、たぶん高度な。かなり高度な魔法に違いない。
でもわたしが問題にしてるのはそんなことではなく。
わたしたちの後ろで、店主の声が叫ぶ声がきこえる。
「くいにげだあああああぁっ」
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