第204話 真祖の力
確しかに、このホテルは高級らしい。
ベルを鳴らすと、すぐに従業員が飛んできた。
朝食をとりたいと、ロウがいうと、メニュー表をさっと取り出した。
メニューは、一点ごとに、簡単ながら彩色されたイラストがついて、どんなものか分かりやすく表示されている。
しかもかなり、分厚い。
ホテルの中の厨房でお作りいたしますので、出来たてをご賞味いただけます。
ロウは、自分がかなりの美人だと自負している。それが年端もいかない少年を連れ込んだのだ。興味が湧かないはずもないのだが、よく訓練された客室は、淡々とメニューを紹介した。
カザリーム名物の、煮凝りを使った料理は、短い滞在の間にも、ロウは飽き飽きしていたので、それ以外の料理を次々に注文する。
「以上は」
と、いささか顔色を変えた客室係が、オーダーを復唱したあとに尋ねた。
「ご朝食分でよろしいですか?」
「当たり前だろ。」
彼は、ほっそりしたロウと、小柄な少年を交互に見てから、頭を下げて部屋を出ていった。
振り返ると、ルウレン・アルフィートが、客室係と同じ表情を浮かべていた。
「なにか、問題ある? 2人前には少し多い量かもしれないけど。」
「多いなんてもんじゃないですよっ!」ルウレンは、叫んだ。
「十人で宴会でもやるような量ですよ。」
ロウはもう一度、ベルを鳴らした。
なんです、今度は。
との少年の問に、酒を頼み忘れた、と言って、ロウは彼を呆れさせた。
料理はほどなく、運ばれた。
本当ならば、コース料理として今日されるのが、適切な量であり、種類だったが、こんなホテルを利用する客は、頻繁に愛し合うもの同士以外が、出入りすること自体を好まないのだろう。
料理はまとめて、提供されたが、冷たい飲み物は、氷の浮いたアイスペールで冷やされ、温かいものは、温めなおせるように、小さなコンロも用意されていた。
予備の食器、グラス、取り皿などが並べられて、けっこういっぱいになったテーブルを前に二人は腰を下ろした。
「これを、どうやって食べるんですか。あなたは、古竜が人化した姿で、これをペロリとやれる訳じゃないですよね?」
「もちろん、違うぞ、少年。いや、ルウレン。
これはおまえが食べるんだ。
わたしは、実は吸血鬼でな。
メシを平らげたおまえをわたしが、食べる、という寸法だ。」
ルウレンは笑った。
「ウソですよね。」
「どうかな。嘘でないという証拠は?
陽の光を浴びても崩れない吸血鬼などいくらでもいるぞ。」
「ぼくは、魔法士の端くれなんです。」
ルウレンはむきになって言い返した。「爵位もちの吸血鬼は、吸血衝動を抑えて、ひとに混じって生活することが出来ます。でも、なにかの拍子に人間じゃないことが分かる瞬間がある。
それは、例えば公爵級でも、例外じゃないです。
あなたは、完璧に人間です。もし、あなたが人間の振りをした吸血鬼なら、それこそ、公爵級、王侯級を越えた存在。
真祖でしかない。」
「ああ。」
ロウは、ワインのコルクを指で引き抜き、深紅の液体をワイングラスに乱暴に注いだ。
「まさに、わたしがその真祖だ。
『栄光の盾トーナメント』に、参加する吸血鬼のパーティの噂をきいたことがないか?
わたしが、そのリーダーだ。」
「鶏のもも肉を、ワインで、流し込んでる姿を見ても、正直あまり、信じられませんね。」
ルウレンは冷たく言った。
「だいたい、昨日あれだけ酔ってたのに、朝から酒とは。」
「昨日はちよっと、酔っ払っていたかったんだ。わたしは、不死身なんでな。」
「だから、迎え酒にも強いと?
そんな阿呆なことをしながら、真祖を名乗ったりすると、本当に爵位持ちの吸血鬼からシメられますよ。」
ルウレンは、そう言いながら、鶏肉を丁寧に切って、口に運んだ。
「あれ? 美味しい。」
「うん、美味いよな。よく、まあ、こんなホテルを知っていたな。見かけによらず・・・・」
ロウは、端正な顔立ちにふさわしくない、いやらしい笑いを浮かべた。
「ぼくは、昨日、カザリームに着いたばかりです。」
ルウレンは、言い返した。
「ここは、ガイドブックにも載ってる名店ですよ!」
「連れ込みも大丈夫の曖昧宿が、か?」
「だから、カザリームは宿泊にもいちいち身分証明書の提示が必要で、チェックインにやたらに時間がかかるんです。何ヶ月も滞在するならともかく、旅行や商談で、数日ののみなら、こういう所を選ぶひとも多いんです。」
根菜のスープは、ロウも知らない香辛料が、効いていたが、口当たりは悪くない。
ルウレンは、甲斐甲斐しく、サラダボウルからサラダを、取り分けロウの目の前に置いた。
「今度は、ぼくのほうから何があったのか、聞いてもいいですか?」
ぐっ、とロウは、泣きそうになるのを堪えた。
「だから言っただろ?
『栄光の盾トーナメント』にエントリーしたんだ、そしたら」
ロウは皿を少年に差し出した。もうちょっとハムとチーズを取ってくれない? あ、そのカナッペも。
「食うか、飲むか、嘆くか。いっぺんにやるのは無理ですよ。」
「出来るさ! わたしは、全知全能の真祖サマなんだからな。」
ロウは、宣言した通り、オードブルとスープ、サラダを、ワインで流し込みならが、悲哀にくれるという高度な行動を達成してみせた。
「それでだな。楽勝で行けると思ってたんだけど、周りのチームがとんでもなさ過ぎてだな。」
「本当の本当に。『栄光の盾』トーナメントの出場者なんですか?」
真祖吸血鬼はともかく、そこまでは信じて貰えたようだった。
「そうだよ! ベータのヤツを公衆の面前でボコボコにぶちのめす。あわよくば優勝して、賞金もかっさらう。」
「そりゃ無理ですよ。だって、相手は本物の勇者チームですよ。」
「今となっては、そこがまだマシなくらいだ。」
ワインのボトルが空きかけている。
「せめて、ベータのチームにだけは、一泡吹かせてやりたいっ!
そうだ! いまから、ラザリムとケルトの血を吸ってあいつらを吸血鬼に・・・」
「無理です。」
ルウレンは、きっぱりと言い切った。
「なんで無理よ。少なくとも力と回復力は増すよ?」
「冒険者は、高度な魔力を駆使して、戦うんです。吸血鬼化したせいで、それが使えなくなったらどうするんです?
吸血鬼化が強化になるのは、相手がくそど素人の場合のみです。」
とうとうワインのフルボトルを、ロウは一人で空けてしまった。何本かまだワインは冷えている。適当な1本のコルクを引き抜いて、グラスにワインを注いでやった。
「と、言うわけでだ、ルウレン。ちゃんと人間みたいに愛してやるから、わたしと」
「要するに、そのベータというやつのいるパーティに勝てればいいんですか?」
「無理無理無理。だって、フィオリナまでいるんだもん!
こっちはフルメンバー固まっちゃったからこれ以上、強化はできないしっ!」
ルウレンは、少し顔を伏せるようにしながら、ロウを見て、少しだけ、笑った。
怖い。怖い笑顔だった。こんなのは、ルト以外では見たことがなかった。
「まだ、打つ手はありますよ。こんなのはどうですか・・・」
数日後。
ロウ=リンドは、「紳士と淑女の店リーデルガ」にいた。
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