第203話 不死身の真祖

吸血鬼は、不死身である。

これは、生物として定まった寿命をもたない、という意味でもあるし、また、その回復力が並外れているという意味でもあるし。

人間には、致命的な傷からも容易く、回復するし、毒物の多く、特に代謝系を阻害するタイプの毒は、まず効きもしない。


それなのに、酔い潰れるなどということは、あるのか。


これについては、ルトやフィオリナから、何度か聞かれたことであったが、そのたびに、ロウはいい加減な答えを返してきた。


だって、真祖が酔っ払って、記憶がなくなって、気がついたら朝になっていた、なんてかっこ悪いではないか。

わずか、二十文字に「酔って」「記憶がなく」「朝起きた」など、吸血鬼にあるまじき行為が、いくつも並んでいる。


さらに、だ。

朝起きたら、隣にマッパの少年が寝ていて、自分も裸だったとかいう。


そういうオチは、嫌だなあ。


天井では、ゆっくりと羽のついた円盤が回っている。空気を循環させるモノだろう。

ベッドはダブルサイズで、部屋は、まるで昔昔に尋ねた南国を思わせるように、濃い緑の植物や花で飾られている。


これは、アレだ。

世慣れたロウは、判断した。カップルがそういうことに使う宿だ。あるいは、金でレンタルした相手を連れ込むこともできる。

しかし、まあ、かなり高級な部類なのだろう。部屋は爽やかな香が焚かれ、隣にはバスもあるみたいだった。


「ち、ちょっと!」

ロウは、とりあえず、隣の少年を起こした。

何か身につけようとも思ったが、脱いだものは見つからない。


少年は、うめいて、目を開けた。

なかなかの美少年だ。多分グランダならギリおっけい、西域ではアウトの年齢だ。


微笑んだ顔は、ルトに似ていた。


「あんた、だれ!」

「ええっと・・・・」


少年は、困ったようだった。


「ぼくは、ルウレン・アルフォートって言います。お姉さんは?」

「ロウ=リンド。」


ロウは、立ち上がった。その裸身に釘付けになった少年は、顔を赤くして、視線をもぎ離した。


「ここはどこ!」

「ネフィリアス亭って、ホテルです。カザリームで、宿帳と本人確認なしで泊まれるのは、こういうとこだけですから。でも、ここは随分、マシなところですよ。」


「何がどうして、こうなったのか教えてもらえるかなあ?」


ロウは怒っていたが、それは相手の少年にではない。自分の余りの迂闊さ、にだ。

それにいくら、牙が伸びようが、目が赤く輝こうが、マッパの美女ではあまり、威圧になるモノではない。


ロウは、追求は一旦諦めて、服のありかを尋ねた。


「随分と汚れてたんで、洗濯しました。」

と、少年は済まなそうに答えた。

「風の循環をさせているので、もう乾いてると思います。あと、ここはお風呂も1日中、入れるみたいですから。先に体をその」


ロウの見事な曲線を描く体を、見ないように見ないようにしながらも、チラチラと視線を送る。

その様子を、ロウは可愛い、と思った。


「一緒に入るか、坊や。」


少年は、一層赤くなって俯いた。

「ルウレン・アルフォートです。魔法士見習い。」


これはいい拾いモノかもしれない。

ちょっと気分を良くしたロウは、浴室の扉を開けた。


体を楽々と伸ばせるだけの広さは、ある。湯気は、外に抜けるようになっていて、快適だ。

お湯は、少しぬるめだが、飛び込むにはちょうどいい。

いったん、頭までお湯に浸かってから、体を弄る。

ロウは、怪訝な顔になり、浴室から顔を出して、叫んだ。


「おい、少年!」

「ルウレン・アルフィート・・・・・お風呂でるなら、何か着てください。浴室の横の棚に、昨日あなたが着てたものは、かかってます。」

「昨日は、お楽しみでしたね、ではないのか?」

「戻した後の処理とかが、楽しいのなら、そう何でしょうね。」

「裸で、一緒にベッドに入って何もないのか! おまえは何か、古竜か何かが人に化けた姿で、人間のメスには欲情しないのか?」

「惜しいですね。ぼくは、深海に生息している魚人の一種で、先にメスが産卵してくれないと生殖活動ができないんですよ。」


ロウは、目を剥いた。


「嘘だろ?」

「もちろん、嘘です。ちなみに、ベッドに引き摺り込んだのも、あなたで、その時はぼくは、服は着てました。脱がせたのは、あなたです。」


ロウは、いったん、退却した。

バスタブに顔まで使って、ぶくぶくと息を出してみたり(これはもともと呼吸が必要ない吸血鬼にはなかなか高度な技だった)、もう一度、念のため、体のあちこちをじっくり観察してみたのだが、どうも彼の言うことの方が、正しいようだった。


とりあえず、バスタオルを巻いて、顔をのぞかせる。


「つまり、あれか、少年」

「ルウレン・アルフィート。」

「ルウレン、わたしが、酔っ払ってつぶれていたのを、おまえが拾って、介抱してくれたというわけか?」


概ね、そんなところです。


ルウレン・アルフィートの答えに、ロウは死にたい、と思った。


果たして、歳を経た吸血鬼が、今更死にたいと思うことがあるのかどうか。

ルトとフィオリナから聞かれたことは、あったが、ロウは答えを濁しておいた。

だって、死にたくなるくらいの失敗は、結構あったし、その内容をいちいち彼らに説明するのも恥ずかしかったから。


こんなとき、なんで自分は不死身なんだろうと、ロウは思った。


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