第202話 真祖は彷徨う

ロウ=リンドは、それほど、深い考えをもっていたわけではない。

だが、迷宮で知り合って以来、ある意味、ルトとフィオリナのファンである彼女にとって、魔道人形などが、フィオリアの顔をして、リウに愛されているというだけで、面白くなかった。

なので、ちょっかいをかけたのだが、魔道人形は、たぶん性格もかなりフィオリナで、すぐに乗ってきた。


だが、ここでロウは、はたと気がついたのだ。

もし、その力がフィオリナのものなら、一対一はヤバい。


かつて、ロウは、魔王宮内で、フィオリナと戦い、首を撥ねられている。それは、ロウの特異な不死身性を活かしての、いわば芝居であったのだが、その実力のほどはわかっていた。

つまり・・・・本気の魔道人形と戦ったら、そして、もし負けたら。


まずい。それはとってもまずい。

彼女自身の問題ではなく、『踊る道化師』として・・・・


「いや、それはそれで、大丈夫だぞ?」

と、リウは冷徹に言った。

「まだルトには正式に話はしてないが、ベータも踊る道化師の一員として育てるつもりだ。つまり、おまえが負けても、それは『踊る道化師』内の序列での問題であって・・・・」


だから!

それがヤなんだって!


ロウは、なんとか誤魔化す方法はないか、考え続けた。

『栄光の盾トーナメント』に出てみないかと、リウに打診されたときは、喜んで飛びついた。


この街には、爵位持ちの吸血鬼が、ロウ以外に二人、いる。カザリームの冒険者アルセンドリック侯爵ロウランは、昔からの知り合いだ。

ドゥルノ・アゴンの四烈将のひとりであったラナ公爵ロゼリッタは、はじめましてだが、たぶん、明確に敵対する理由がなくなった以上、言うことをきいてくれるだろう。なにしろ、わたしは『真祖様』なのだからな!

そして、ベータがどんなチームを組むかはわからないが、この三名に対抗できるものが、いるとは思えない。それこそ、古竜でも連れてくるしかないだろう。


と、言うわけで、もともと楽天的なところのあるロウは、『栄光の盾トーナメント』については、はなはだ楽観視していた。

残りの2名も、なかなかの腕利きを雇うつもりだった。


ドロシーが、勇者クロノと「愚者の盾」を引っ張り出すと言ったときも、そんなことができるわけない、と思っだけた。

たぶん、ミトラにいたときに知り合った、ガルフィート伯爵やアライアス侯爵のツテをもって、働きかけるのだろうが、そんなことは、きちんとしたルートで働きかれるほど、話が動かなくなっていくものだ。よしんば、クロノがうんといっても、その構成メンバーは、教皇庁のご威光なんぞ、歯牙にもかけないやつらばかりなのだ。

よほどの個人的なコネでもない限り、クロノが自ら足を運んでも平気で門前払いを食らわせるだろう。


あのアウデリアに、偏屈もののボルテック・・・と、ここまで考えたとき、ロウの犬歯は、フォークを噛み砕いていた。


「なにをやってる? ギムリウスじゃあるまいし。」

と、夕餉のテーブルに同席していたリウが呆れたように言った。


「主上は、相変わらずディナーは食器ごと、いっちゃうのですか?」

久しぶりに地上にあがってきていたデイクックが心配そうに尋ねた。


もともとは、普段は迷宮内の空洞に巣くっていたのだが、そこはいまホテルとして運営されている。

その打ち合わせや、「巣」と「繭」の新しい技術のフィードバックの関係で、ちょくちょく顔を見せるようになった。


ディクックが「主上」と呼んだのは、我らの神獣ギムリウスのことであり、つまりはディクックも、ギムリウスによって作られた知性を持つ特異体「ユニーク」であった。


ロウは、折れたフォークを吐き出して口を拭った。


「いや、最近はそんなことは、ないぞ。」

リウが言った。そう言いながら、こいつは分厚いステーキを、カットもせずにそのまま食らいついているのだから、他人よりまず、自分のマナーを何とかしろと。


「最近は大皿から、料理を取り分けることも覚えた。」

「なんということでしょう!」


リウとディクックの不毛な会話を聞きながら、スープを口に運んだその中で。

今度はスプーンが不気味に変形していく。


じ、冗談じゃない!

ロウは心の中で悲鳴を上げていた。

ちゃんと、ドロシーには私的なコネがあるじょないか!

ジウル・ボルテックは、彼女の愛人だ!


この時点で、ロウは優勝は諦めた。

とりあえず、ベータをシバければそれでいいや、と。

なので、何日か後に、実際にドロシーがクロノと「愚者の盾」を連れ帰ったときも、もう驚きはなかった。


むしろ、そのメンバーにフィオリナがが入っていなかったことに、ホッとしたくらいだった。


これなら、ワンチャン優勝もあるかな、と思っていたところに、冒険者事務所のラザリムから、とんでもない話が舞い込んできた。


「はあっ? なんでベータのパーティにフィオリナがいるんだっ?」

「海竜退治の際に一緒に戦って、意気投合してそうです。」

現存、唯一活動の確認できる「真祖」なので、口調は丁寧だ。


「あ、あとのメンバーは・・・・・・」

「フィオリナ姫が連れたきた従者のグルジエン、それにアシット・クロムウェル閣下ですね。」

「アシットって。あいつは、カザリームの要人だろう?」

「はい、迷宮管理やらいくつかの重要なポストを兼任されています。現市長の兄上にも当たられます。」

「なんで、そんな大物が」

「そりゃあ、ベータさまは、もともとアシット閣下の婚約者ですから。」


ロウとしては、憤慨せざるを得ない。

なにか?

パーティってそやって組むのか?

昔、関係のあったやつを情実でよんでくるのか。だいたい、もう切れてる相手なんだから、誘われたからって、ほいほい参加してくるなよ。


ロウのイライラは、その日のディナーのときに絶望にかわった。


「よう!」

と言って手を挙げたのは、水着の上からジャケットを羽織った美女。


「アモン! なんであんたがカザリームに?」

「うむ、実はサノスに買収されてだな。」

神竜皇妃は、とんでもないことをサラッと言った。

「そのなんとかトーナメントに、ドゥルノ・アゴンのパーティで参加することになった。よろしく頼む。」


「展開としては悪くはありませんね。」

そういったのはマーベルだった。元魔族の魔導師で昔も今も、リウは彼女を側近として傍に置いている。

「すべてのパーティに、『踊る道化師』が参加しております。これでどこが優勝しても『踊る道化師』の評判が下がることはなくなりました。」

「その通りだな。」

リウは、マーベルを褒めた。

「あとはせいぜい、『踊る道化師』内での力関係に作用するくらいで。」


ロウが、立ち上がった。

完全に自我を失っていた。

両手にナイフとフォークをもって。

口には、ナフキンを加えていた。


そのまま、よろけるように、扉を開けると夜の街に消えていった。

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