第201話 アシットの胃痛の原因

グルジエンが彼女の「異界」を解除すると、彼らは、リウたちのコンドミニアムの居間にいた。何十名かのパーティができるほど広く、吹き抜けの空間は、二階に行くための階段と、広間を見下ろすように回廊が、張り巡らされている。


アシット・クロムウェルは、グルジエンとともに二人がけのソファに。

その向かいのソファに、リウはどっかりと腰掛け、フィオリナたちは、その両側。椅子の肘掛けに腰掛けるように、リウに身を寄せている。

リウの両手は、ふたりのくびれた腰に回されている。


どこからどう見ても悪の親玉という感じであったが、この少年は古の魔王だというのなら、これも「ある」話しなのだろう。

だが、伝説によれば、魔王バズス=リウは、常に一対一の関係を望み、とくに複数の恋人を同衾させることや、おなじ場所に同席させることもなかった、というが。


グルジエンは、わけがわからん、とでも言うように、その様子を眺めていた。。

元ベータの恋人であり、親が代わりでもあり、指導者でもあったアシットなどは、とても見ていられないものだったのだろうが、そこはこらえていた。


「グルジエンさんとやら。」

そう話しかけたのは、かつての、そして今もバズス=リウの側近であり、迷宮の主まで勤めた魔族、マーベルだった。


自らに課したの呪いのアイテムのため、「転移」ができないリウのために、ときに複数の空間を創造しては繋げるという荒業で、それに近い効果をリウに与えている。

もっとも、先般のドゥルノ・アゴン一味との「ルーレット迷宮」での対決の際は、リウの転移封じの腕輪すら封じてしまうギムリウスという規格外の存在、上古の昔から生きていて、半ば魔物化している魔導師にして、「規格外」と言わしめる存在のため、あまり活躍の場がなかった。


「あなたの作る閉鎖空間は、この世界の魔法ではないようだね?」


またも外部からやってきた規格外に自分のポジションを、脅かされるのか、とう猜疑心にみちた言葉だったが、グルジエンは素直に頷いた。


「わたしは、元々異世界人だ。わたしのつくる空間は、わたしの元いた世界をこちらを繋げることで作り出す。

だから、おまえのように場所から場所への移動に使うには不向きだな。」


その言葉に救われたようにイイ笑顔になっちゃうマーベルであった。


「まあ、あなたはあなただからね!」

フィオリナは、自分の臀部に降りてくるリウの手を優しく払い除けながら言った。

「わたしを思って夜な夜な、空を仰いで涙してるとは考えてなかったけどね。

まさか、わたしがモデルの魔導人形を口説き落としてるとは、思わないわっ!」


この言葉に、ベータは、ぐいと顔をフィオリナに近づけた。

それは、ふたりに挟まれているリウの顔に、彼女の胸を擦り付けるようか姿勢になる。

「わたしは、わたしがオリジナル。あなたが魔道人形だと思ってるんですけど?」


フィオリナは、王立学院のマナー教師たちを絶望に叩き込んだ目付きで、ベータを睨んだ。


「いやあん、リウ。こんひと怖いですう。

ベータは甘えるように、リウの胸に顔を擦り寄せた。リウは慣れた手つきでその髪を撫でてやる。


「オレはこの女を『フィオリナ』といて認識している。」

リウは軽く、ベータの唇をついばんでやりながら言った。

「おまえのこともフィオリナだと思ってる。それでいいんじゃないか?」


「この男はいったい何を言っいるのだ?」

アシットは、恐怖に満ちた視線で、リウを眺めている。


アシットから見れば、これは浮気だろう。恋人であるフィオリナをランゴバルドに残したまま、カザリームにやっていて、ほんの数日のうちに、彼からベータを奪った。

そして、後を追ってきた恋人の前で、浮気相手とイチャついてみせる。


アシットは。


だがもうあまり、反撃する元気もないのだ。彼の育てた「フィオリナ」が、ルト…あのいまいましいグランダの王子ハルトの育てた「フィオリナ」に負けた。


自分はついに、あの大人しそうな少年に勝つことが出来ないのか。

その想いがじわじわとアシットを蝕んでいる。


「で、もう一度きく。気が済んだか、フィオリナ。」

「まあ、一応。」

リウに甘えるように身体を寄せていたベータが答えた。

「わたしと肩を並べて戦うには充分。って言うか、わたしなんだから当然。」


ランゴバルドのフィオリナのほうは、仏頂面でリウの手を逃れると、別のソファーに居場所を移した。

リウに触れられたところが、じんじんと熱をもって疼く。その疼きの果のてがなにか、わからないフィオリナではない。


「まあ、そいつがフィオリナの一種であることは、認めざるを得ない。

わたしもそいつと一緒に戦うことに依存はなし、よ。

まあ、顔をみた瞬間からリウが口説きにかかってるだろうことは、予想出来たけど、もう半年も付き合ってるのは流石に、ね。」


「双方共、問題ないのなら、今度はこちらからの質問だ。

なぜ、カザリームに来た?

おまえは、オレに会うことは禁じられていたはずだな?」


「そっちもフィオリナと会うのは禁則事項でしょうがっ!」

「いや、この子はもともとアシット閣下の想い人でな……」

「あなたは、この子をフィオリナとして認識してるって言ってた。その上でよく、口説いたね。」


「おまえは、ランゴバルドにいて、そばには婚約者たるルトがいる。」

魔王は、平然と嘯いた。

「こちらには、おまえはいないのだから。」


リウなりに、フィオリナに対する愛情を表したその言葉を、少なくともフィオリナは理解した。リウは、実にたちの悪い王様だったが、無差別に誰かを愛人にするタイプではない。


彼の興味を引くのは、まずはその才能、そしておそらくは容姿。その者が彼に対して愛情を抱いているかは、その次の次の次くらいだ。

欲しいのものは、なんでも手に入れたがるが、そうでない者にはとことん冷淡になれる。


そして、リウがこの時代において、最も興味を持っているのが、彼女、フィオリナとルトなのだ。


「で、どうするんだ、オレをおまえらのチームの五人目にするのか、フィオリナ?」


それは、リウの膝に半ば乗るようにしていたベータに対して、発せられた言葉だったが、フィオリナが応えた。


「まだ、少し日にちはあるでしょ? 返事は保留するわ。で、良いよね、そっちも。」


「そっち」は頷いた。

「リウがその気になってるうちにパーティに入れてしまおうかと、思ってたけど。なんか考えがありそうだよね?」

「まあね。」

「さすがは“わたし”。」


フィオリナは、笑って立ち上がった。


ベータも笑った。


「わたしたちは、アシットのところに世話になるから、ここで失礼する。」


今のいままでそんな話はなかったアシットは、慌てた。


「ち、ちょっと待ってくれ。部屋は一つでいいか。今は、わたしは一人暮らしで、たいしたもてなしもできないのだが・・・・」

「客用の寝室くらいはあるでしょ? まあ、七年ぶりの再会を祝して、ご馳走してくれてもいいけど?

まさか、10歳のわたしには、あれだけご執心だったのに、17歳のわたしには興味がないとか、言い出さないわよね?

それとも、お人形さんのほうがよくなっちやった?」

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