第200話 残念姫と魔道人形
なにが。
なにが起きたのだろう。
一瞬前までは、すべてが好調だった。はずだ。
「あの」フィオリナの利き腕を奪ってやった。確かに斬撃の迅さ、重さ、正確さは、あちらの方が上だ。
くそっ、わたしだって、神獣の糸を斬りさいたことがあるのに。
あちらは、それよりも上だっていうのか。
それでも、まだわたしの方が上手だった。こちらの剣を両断した一瞬をついて、わたしの茨をその腕に巻き付けてやったのだ。
そして、腕はもうぼろ雑巾。
剣の勝負で利き腕を奪ったらもう、勝ちだろう?
なぜ、そこから、徒手の格闘に切り替えられる。
くそっ!
息ができない。
口の中に溢れた生臭いものを、ベータは吐き出した。
それは、赤い色をしていた。
「あの」フィオリナが、見下ろしていた。
うあああっ!
声を上げたつもりだったが、声は出なかった。
震える足で、ベータは立ち上がる。
こんなことで、敗北を認めたりはしない。
ベータもまた、フィオリナなのだから。
「立つな、ベータ!」
声は懐かしい。アシットの声だ。
いつもいつも心配かけてごめん、わたしバカです。
「立て、フィオリナ。」
リウの声は静かで力強い。この声でそう言われたら、たとえ両足が砕けていても、立ち上がるだろう。
フィオリナは、目の前にいた。
右手からの出血は、まったく止まっていない。すみやかに止血しないと、命に関わる量だった。
血まみれの顔に笑みが浮かぶ。
とんでもなく、怖い笑だ。
ベータは、深く反省した。わたしの顔はこんなに怖いのか。今度から戦いの最中に笑うのはやめよう。
相手は素手だ。
ベータは、まだ自分の手が、茨の剣を握っていることに気づいた。
見てくれは短めに棍棒だったが、彼女の動きに合わせて、鋭い棘を備えた蔦を射出する。
相手を絡め取ることは、もちろん、絡めとった状態から、剣を引けば相手の身体をズタズタに切り裂く。
「この距離じゃあ、拳の方が早いよ。」
にっこり、微笑んでフィオリナが宣言した。
「あるいは、膝かな。剣を振り上げて、振り下ろす。その間にあなたが、悶絶するようなキツイのをお見舞いして上げられる。」
「早く止血しないと、愉快なことにならないと思うけど?」
「ああ、これ?」
フィオリナはひき肉のようになった手をふらふらと振って見せた。
「確かに殴るのは、反対の手を使わないとダメみた」
ふわっ。
と、その体が倒れた。
ベータのコメカミに衝撃が走った。
なにも出来ずに、地にに転がった。意識は?
多分、飛んでいたと思う。
地面の尖った岩が、頬に当たった衝撃で目を覚ましたのだから。
今度はそのまま。倒れたままで茨の剣を振るった。
剣の先端から、茨の鞭がはしる。
今度は、棘に毒を分泌させていた。
触れるだけで、相手を昏倒させられる。
だが、蔦が分裂する前に、フィオリナが蔦を食い止めた。
食い止めた?
そう。まだ太い1本の触手でしかない蔦を、フィオリナの白い歯が咥え止めていた。
いや、止められるはずが無い。
人間の咬合力というのは、そういう風には出来ていないのだ。
もし、茨剣を本当に「食い止める」ことが出来るとすれば、それは茨剣を「食いちぎる」ほどの力が必要なのであって。
バキ。
ボキ。
ガリガリ。
フィオリナの口元から聞きたくない音がする。
へっ?
剣を。
食べてるの?
わあぁっ!
恐慌に駆られたベータは、収納から新しい武器を取り出した。
なんでもいい、手に触れたものを。
咄嗟に取り出せたのは、先日、海竜退治に使った黒い大筒だった。
これはこれで、悪くは無い。
射撃用の武器だが、変形させれば接近にも使える。
ぎろり。
フィオリナの目が、大筒を睨んだ。
口は相変わらず、茨剣を咀嚼している。
「ほうれもうまほーだな。」
ベータは、呆れた。
ダメだ、こいつは。
手にした大筒を、地面において、手を挙げた。
「辞めた。」
血まみれのフィオリナが、にたっと笑う。
「とてもやってられない。わかった。
戦闘力は、あんたが上ってことでいいよ。」
ぺっ、とフィオリナは、茨剣のカスを地面に吐いた。
「だ、そうだ。グルジエン、わたしたちをカザリームに戻してくれ。わたしもこいつも手当が必要だ。」
「さすがにフィオリナだな。」
リウが、うれしそうに言った。
「「いまのは、どっちに言ったの?」」
声がきれいにハモったので、また、フィオリナとベータは睨み合った。
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