第199話 ベータより愛を込めて
剣の勝負で。
と、言い出したのは、ベータの方だった。意外な申し出にフィオリナは、それでいいのか、聞き返した。
「それとも魔道具造りで、張り合ってみる?」
ベータは、胸を突き出すように、フィオリナに、たずねた。
基本的に、「わたし」なんだからいいヤツに決まってるけど。
フィオリナは思う。
胸にぶらさがってるあの脂肪の塊は少し削った方がいいな。
「いいよ。なら剣でやろう。」
フィオリナは頷いた。
「適当の剣はあるか? 片手剣で、振っても折れない程度の強度があれば、それでいい。」
グルジエンが、いそいそと彼女の閉鎖空間を展開し始めるのを見て、アシットが叫んだ。
「なにをしている。」
「フィオリナ同士が闘うんだ。街に被害がでないようにするのは、当然だろう?」
「料理でも作るような気軽さで、閉鎖空間を展開するな!」
「何を言っているんだ、アシット・クロムウェル。」
グルジエンは、真面目な顔で言った。
「料理の方がはるかに難しいに決まってるじゃないか。」
グルジエンの異界は、彼が今まで経験したような迷宮の一室を模したような小さな「部屋」ではなかった。
そこは、どこまでも続く岩山の世界で、空気は何かが焦げたような匂いがひ、空は緑がかった、なんともイヤな色だった。
「いいのか、このまま始めさせて。」
アシットは、傍らに立つ美少年に呼びかけた。
古の魔王を名乗る少年は、笑ってアシットの肩を叩いた。
「本人同士がやりたいって言うんだから、いいだろう?」
「しかし、もしフィオリナが、傷ついたら。」
「そのために、おまえがいる。」
ある意味、非情なことを、リウは平然と言った。
「フィオリナの修理やメンテはおまえの得意分野だろう? 」
確かに。
魔道人形であるベータには、普通の治癒魔法は効かない。だが、ある程度の自己修復機能は持たせているし、パーツを交換しても、人間が手足や臓器を再生したときのような、機能不全や違和感とは無縁だ。
「あっちの、フィオリナはどうする!
生身だろうが!」
「確かに入院が必要なような怪我をするのは、少しまずいな。」
リウは、立ち上がると、叫んだ。
「フィオリナ! 相手の腕を確かめるための試合だ。本気になるなよ!」
二人は同時に、リウを振り向いて、わかった!と声をそろえて叫び、その事に腹が立ったのか、互いを睨みつけた。
「あなたは、ベータ・グランデって名前があるでしょ?
フィオリナって言ったら、わたしのほうでしょうが?」
「それは、世を偽る仮の名前ってヤツよ。リウは、2人っきりのときは、フィオリナって呼ぶわ。」
「粗悪品がっ!」
「胸えぐれっ!」
はじめ!の声は、だれも発しなかったし、彼女たちもそれを求めてはいなかった。
わずかに、ベータが腰を落とした瞬間に、空中で火花が散った。
剣と剣がぶつかった。それが証だった。
「驚いてる。」
リウが呟いた。
「ベータのほうが速くないか?」
「わたしが、育てたのだからね、あのフィオリナは!」
アシットが言い返した。
「グランダのド田舎でまともな教育など受けていなかったあっちのフィオリナと、一緒にするな。」
ベータの(紛らわしいので描写上はこうさせてもらう)剣は、再び鞘におさまっていた。
フィオリナのそれは剥き身のままである。
白刃をダラりと下げて、全身の力を抜いていた。
「次は利き腕をもらうよ。」
獰猛な笑いを浮かべながら、ベータは、半歩を踏み出した。
ベータの抜き手は見えなかった。
そして、フィオリナの剣の軌道も。
ギンっ!
金属が断裂する音が、異界に響いた。
「同じ材質の剣だぞっ。」
「ならば斬撃が重く、迅い方が打ち勝つ!」
ベータの剣は、フィオリナの剣の一撃で根本から折れた。
くるくると舞った刀身を、リウの手がキャッチする。
「アシット閣下、あなたは確かに良い教育をされてきた。」
リウは、優しくアシットに微笑みかけた。
ベータの剣を両断したフィオリナの腕は、茨の蔦のようなものに絡め取られていた。
「二刀流をお見せしようと思ったのに。」
ベータが残念そうに言った。彼女の右手は折れた剣。そして左手には。
「二刀流」とベータは言ったが、それはどう見ても「剣」には見えなかった。ただの生木の枝を落としただけの棍棒。だが、フィオリナの腕をとらえた鋭い棘を備えた蔦はそこから、湧いていた。
「このまま、『茨の園』で覆い尽くしてしまう手もあるが」
と、ベータはにっこりと笑った。確かに彼女は美しい。だが、それは途方もない怖さを秘めた美しさだ。だって、彼女はフィオリナだから。
「まずは、利き腕をもらうよ。」
フィオリナの腕に絡みつき、棘をたてていた蔦が、一気に引き抜かれた。
凄まじい血飛沫が上がる。肉まで食い込んだ棘を無理やり、引き抜くことで、フィオリナの腕はズタズタに、切り裂かれた。
特に、ひどいのは二の腕から手のひらにかけてだった。
フィオリナの手から、剣が落ちた。筋肉まで深く傷ついた手は、少なくとも再生医療が終わるまでは、何かを握ることはかなわない。
「ボルテック老師の魔道人形は、完璧なものだった。」
アシットは、リウに向かっていった。
「フィオリナは、間違いなくフィオリナそのものだ。今のベータと、オリジナルフィオリナに差があるとすれば、それは、わたしと過ごした七年があるかないか。
ただそれだけだ。」
リウは楽しげだった。
あくまでも上機嫌に、自信に満ちたアシットを見やっている。
「そうだな。アモンに潰されたが、彼の作った『魔道騎士団』とやらの出来も良かったようだ。
既存の人間をそっくりにコピーするというと難しいようだが、実は「ゼロ」から作り上げるよりは、容易い。
今のフィオリナたちの差は」
その優雅な笑みが、突然、悪魔のそれに変わった。
「ともに過ごした七年が、ルトとともにあったか、アシット閣下とともにあったか。
その差だろう。」
血まみれのフィオリナは(茨の傷は、深い血管も多く傷つけていた。吹き出る血潮は、首や胸元ま濡らしている)右手をダラリと下げたまま、無造作に、ベータに向かって歩いた。
魔法を使って、攻撃してくるか。
魔法で撹乱し、回復の時間を稼ぐか。
その二つだと、思い込んでいたベータの反応は、一瞬遅れた。
茨の剣を振り下ろした瞬間、フィオリナの動きが加速。そのままの勢いで、膝がベータの腹部に、ぶち込まれていた。
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