第198話 酒の上での出来事

サノスは、ほっと胸をなでおろした。

召喚士は、召喚した魔物をときに魔力で縛り、ときに代償を約束して、言うことを効かせることが多い。

だが、そんな方法で召喚できるものには、限りがあるのだ。

自分と同等・・・あるいは、少し強い程度の魔物しか呼ぶことはできない。それでは今回の戦いには意味がないのだ。


「カザリームで『栄光の盾トーナメント』が開催されます。」

サノスにできるのは、事情をしっかりと、嘘偽りなく話して、相手に興味をもってもらい、自らの意志で戦いに参加してもらうしかない。

「優勝者には、膨大な額の賞金と、今後、『栄光の盾』を自らのパーティの名前として名乗る権利が与えられます。」


「栄光の盾・・・・・って。それはウィルニアが、魔王宮をつくったときのパーティ名だろう。」


賢者ウィルニアが魔王宮を創造した・・・・一部の魔導師の間で囁かれたいた説だ。それが本当であったことに、サノスは震えた・・・だが、それどころではない。サノスは、酒の蓋のコルクをはずし、中の紫がかった液体をグラスに注いで、アモンに渡した。

椅子をすすめる。

それは、別段、飾り立てた玉座などではなく、サノスが食事をとるときのなんの変哲もないものだったが、アモンは別段、文句も言わなかった。


座って、大振りなグラスの中身を一気に口に放り込む。同時に香りも逃さない、とでもいうよりに大きく鼻から息をすいこんだ。


「熟成が足りんぞ、サノス。」

文句を言いながらも、アモンは楽しそうだった。

「だが、果実の香りがほんのり残るのは、酒の若さだ。若さを楽しんでやるのもまあ、悪いことではないよなあ。」


サノスは黙って頭を下げた。


「しかし、だよ。サノス」

二杯目は、香りのハーモニーを楽しむように。

アモンは、少し液体を口にふくんでから、ゆっくりと飲み込んだ。

「『栄光の盾』はいわば、聖光教が勇者というブランドにからめて独占している名称だ。そりゃあ、どこかの田舎から出てきた若造共が景気づけに『栄光の盾』を名乗ってもいちいち、教皇庁は対応しないだろうが、お主の様子だとかなり大々的な試合となるようだな?

そうすると、教皇庁から正式に中止の要請がくるかもしれん。労ばかり多くて、実入りの少ないイベントになるかもしれんぞ?」


竜が人間と仲がいいのは、人間の持つ欲望、金銭欲やら名誉欲というものが、竜にも理解しやすいからだ、と言われている。

アモンも例外ではないようだった。


「そこは、一応、解決がついております。」

「ほう? どんな方法か興味があるな・・・」

「リウ殿の配下のドロシー嬢が、単独で勇者クロノと交渉し、彼と彼のパーティをトーナメントに参加させることに成功しました。」


これには、さすがのアモンも驚いたようだった。

「『愚者の盾』をか・・・・・いや、クロノは結構なお調子者ではあるし、人に迷惑をかけることを生きがいにしている斧神やら、偏屈の魔導師のチームだ。話のもっていきようでは、たしかに、教皇庁の許可もえずにトーナメントに参加してくるかもしれん・・・そうなれば、教皇庁としてはそれ以上、手はうちにくくなるな・・・」

アモンの目が輝き出した。

「面白い。面白いぞ。ならわたしは、アウデリアやジウル・ボルテックも戦える、というわけか。なるほど、フィオリナが先日、突然にランゴバルドを出奔したのはそんなわけがあったのだな。」


「フィオリナ姫、ないしそう名乗る人物は、すでにカザリームに到着しておりますが。」

サノスはゆっくりと話した。

「フィオリナ姫は、『愚者の盾』とともには、トーナメントに参加しません。彼女は、パーティ『真・栄光の盾』のいち員として、トーナメントに臨むようです。代わりに、『愚者の盾』は『銀雷の魔女』ドロシー殿を指名いたしました。」


「なんだ、それは! 誰がフィオリナを『愚者の盾』から引き抜いたのだ?」


「それは、わかっております。カザリームでは、ベータと呼ばれている少女です。」

「ベータ、」

神竜は、眉を潜めた。

「知らん名だな。カザリームの冒険者か?」

「数年前に、このカザリームの市長の血縁であるアシット・クロムウェルが、グランダに留学したときに、連れ帰った少女です。おそらくは、人間ではありません。フィオリナ姫をモデルに、ボルテック卿が作った魔道人形です。」

「数年前、といったな。創造主である、ボルテックの手を離れた魔道人形が、そんなに長く稼働できるのか?」

「アシット・クロムウェルは、カザリーム屈指の魔導師です。おそらくは彼が調整を続けたのでしょう。現在は17歳。その設定に合致するように調整されています。おそらく彼女は、自分が魔道人形であることにすら納得していないでしょう。」


アモンは目をパチクリさせた。


「そのフィオリナ人形と、フィオリナが同じパーティを組んだ・・・というのか。あとは誰がいるのだ、そのパーティは?」

「フィオリナ姫の従者でグルジエン、そして、我がカザリームの魔道評議会と迷宮管理委員会の議長を兼ねるアシット・クロムウェル自身が参加するそうです。あと一名はまだ決定しておりません。」


「ふむ・・・・」アモンは目を光らせた。「それは・・・ロウ=リンドあたりがシャシャリ出て来そうだな。未だにランゴバルドに帰っておらんし。」


「その『真祖』ロウ=リンドは、また別のパーティで参加する予定です。ここは・・・すでにメンバーが確定いたしました。

『真祖吸血鬼』ロウ=リンド、『氷雪淑女』アルセンドリック侯爵ロウラン、ラウ公爵ロゼリッタ。それに『踊る道化師』や我々が所属する冒険者事務所ラザリム&ケルトのラザリムとケルトです。」 


「なかなか愉快なメンバーじゃないか。対して、お主らはどうするのだ?」

「先日の戦いでわたしたちは大きなダメージを受けております。ザクレイ・トッドとブランカはしばらくは戦えません。ロゼリッタは『真祖』に引き抜かれてしまいました。ドゥルノ・アゴンとバークレイ、それにわたしく。プラス、ランゴバルドの冒険者で、ザックをスカウトいたしました。」


「ほう!? 神獣フェンリルをか。たいしたものだな、サノス。」


「は・・・ですが、それでもまだ一人足りません。トーナメントへの参加は5名のパーティで臨むことになっているのです。」

サノスは、アモンのグラスを酒で満たしながら、深々と頭を下げた。

「アモンさま。なにとぞ、我々『栄光の盾・魔王』の一員として、我らに力をお貸しください。」



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