第197話 聖者の切り札
「一番の問題は、このパーティでしょう。」
アシュラムの指が、書類をすべって、次の名前を指さした。
「もともと、ラザリム&ケルト事務所は、こいつらの売出しのためのイベントとして『栄光の盾トーナメント』を企画したのですが、正直な」ところ、参加も危ぶまれています。『栄光の盾・魔王』。
ドゥウルノ・アゴンは、ともかく、嵐竜使いのザクレイ・トッド、変身術士のブランカの二名が戦闘不能、加えて、爵位持ちの吸血鬼ラナ公爵ロゼリッタまで、ロウ=リンドのパーティに、引き抜かれてしまいました。
残るは、竜人バークレイのみ。一応ランゴバルドの銀級冒険者『フェンリルの咆哮』のザックなる男を補強したようですが。
たとえ、彼らの師匠に当たる『血の聖者』サノスを加えてもまだメンバーが足りません。
ドロシー嬢にも声をかけたらしいですが、すげなく断られたらしく。」
「それは、確かに断るだろう。負けるとわかってるパーティにいれば、その分危険も大きくなる。」
エミリアは、吐き捨てた。
「まだ焦ることもないが、ドゥルノのパーティには補強が必要だな。ここまでのメンバーを揃えてしまっては、そこいらの冒険者ではものの役に立つまい。」
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血の聖者は、リビングに描いた魔法陣を見つめて、ため息をついた。
気に入ったリビングだったのだが、カーペットを剥がし、アンティークのテーブルをか部屋の隅に動かし。
老境に入りつつあるサノスには、重労働だった。
加えて、ことが済んだ後には、現場復帰。カーペットを敷き直して、テーブルを戻す。
いや、その前にこの魔法陣を消さねばならない。
これは一苦労などというものではない。
魔力媒介に使った血というものは、実に落ちにくいのだ。
ため息をもうひとつ。
それで、覚悟は定まった。
サノスの中で、通常なら、複数の複数の魔導師が複合して「儀礼魔法」として、行う術式が組み上がる。床に描かれた魔法陣から湧き上がるように、積層魔法陣が浮かび上がる。理論的には千年の昔からある技術だ。
伝説では、勇者パーティにいたウィルニアが、迷宮を人工的に作り出すために、開発したと伝えられる。
実際はそこまでの魔力を駆使できる人間がいなかったため、ついぞ普及はしなかった。
自らの血液を媒介に行う召喚。これこそが、サノスの二つ名『血の聖者』の謂れであった。
光芒を放つ魔法陣は、湧き上がり、渦を巻き、無限の螺旋となって、互いが互いを飲み込もうとするように、踊り狂った。
サノスが今宵、召喚しようと試みる魔物は、災害級。すなわち、天変地異にも匹敵する力を備えた「知性のある」魔物である。
こんな無茶はしたくはなかった。
だが、ほかのパーティの実力をみたとき、サノスにはこれ以外勝利の方法は浮かばなかったのだ。
少なくとも、魔法陣を描き、少ない傷で血を流せたのだから、この前のときよりはかなりましだ。
かかった時間は実際にはわずかだったのだろう。
だが、サノスには無限の時間に感じられた。
「このところは、ずいぶんと頻繁に呼ぶのだな。」
現れた人影は、唇に太い笑いを浮かべている。
そのまま、積層魔法陣も、床に描いた血の魔法陣もそのまま、踏み越えて、サノスの前に立つ。
魔法陣は召喚したモノを縛る役目だってあるのだが、彼女にはそんなものは通じない。そのこともサノスはよくわかっていた。
十代のガキが夢の中でしかみないような曲線の女は、一糸まとわぬ裸体だった。
つややかな肌からは、水滴がしたたっている。
髪も濡れていた。おそらくは入浴中か、シャワーでも浴びていたのだろう。
慌てたふうもなく、それでも空中から大きなタオルを取り出すと、体にまとった。
裸体を見られることなど、たいして気にもとめていないのだ。彼女にとって、人間は、毛が少し薄いサルに過ぎない。サルに裸体をみられて恥ずかしがる人間がいないと、同様だ。
それに、もともと彼女の種族は、本来の姿で布を体にまとう習慣がない。
自慢気に突き出た乳房は、もともと授乳という習慣のない彼女にとっては、ただの脂肪の塊だったし、それが、垂れていないのは、動くときに邪魔になるからだ。
腹部に余分な肉がないのは、やはり、動きが鈍重になるのが嫌だったからだし、顔立ちにいたっては、適当極まりなく、「平均値」をもとめたところ、美人顔になってしまった。と、それだけの理由だった。
神竜后妃リアモンド。
今の名のりは、冒険者パーティ『踊る道化師』のアモン。
それが、彼女の名前である。
「で? 約束の酒の話はどうなった?」
震える指で、サノスは隅に片付けたテーブルの上を指差した。
置かれた酒瓶を目にして、アモンは破顔した。
「ハロアの銘酒じゃないか。でかしぞ、サノス。なんだか知らんが今度は誰と戦ってやればいいんだ?」
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