第196話 怪盗と沈黙
カザリームは、建前は単なる独立都市である。
その首長は「市長」と呼ばれているが、いくつかの西域諸国で実験的に行われている「共和制」とは、程遠い。
現市長は、先代の市長の次男であり、また魔道に抜群の才能をもつ、長男は、魔道評議会や迷宮管理委員会の議長を兼任している。
実際に例は少ないものの、市長が外遊すれば、各国は「国家」の元首の来訪と同様の格式をもって、これを遇する。
その特異な行政において、重要なポジションを占めるのが「沈黙」と呼ばれる組織であった。
他国ならば「警察」に相当する。実際に、治安の維持ばかりではなく、犯人を逮捕するばかりではなく、その「処刑」までも担当していた。
そしてユニークなのは、「沈黙」は、カザリーム行政府が徴収した税金で動いているわけではない、というところだ。
彼らは地域ごとに「保護料」を独自に徴収し、また繁華街に根を貼り、ときには自らも店を経営し、そこからの利益をもって、カザリームの治安を担当していたのだ。
中には、単に酒を飲ませ、食事をさせるだけではない。別の欲求をみたすような店も多く、その傘下にあった。
「沈黙」の大幹部であるアシュベルは、そのような店の中でも最高級に属するひとつに腰を下ろしていた。
特別な上客だけがつかえる貴賓室であり、同席しているのは、おそらく、彼にしても客をとらせるのは躊躇するような、年端もいかない少女である。
普段は神官服に似た貫頭衣の多い、彼女ではあるが、店の雰囲気に合わせて、黒のドレスを身にまとっていた。
きわめて薄い生地のドレスは、身体にぴったりとまとわりつき、未成熟ながらも蠱惑的なそのラインを露わにしている。
下着をつけていないことまでが、その薄地からわかる。
裸体より、かえって淫らに感じられるようなドレスだった。
少女の名はエミリア、という。
彼女がそんな格好をしているのも、ここでは、その方が目立たない、というそれだけの理由であった。
そんな格好の女を、アシュベルが個室に連れ込んで、人払いをしたとしてもそれはそういうことであり、それ以上の詮索は免れることができる。
「では、今回のイベントを各国に『配信』いただけるということで。」
アシュベルの言葉が丁寧なのは、エミリアが彼より年長なこと、彼自身の父や祖父からもその名をきいた存在であり、彼女が盗賊または暗殺者として古来から名を馳せる『ロゼル一族』の副頭目でもあり。
なによりも、『踊る道化師』からの連絡役であるからだ。
「リウの盟友である『賢者』ウィルニアの『鏡』だ。本来は宝珠にかわるものとして、通信用に開発されたものだが、サイズを大きくしてやれば、スタジアムの大観衆からも十分、臨場感をもって鑑賞してもらえる。」
「・・・・それは・・・」
アシュベルは、その魔導具のもつ可能性について、ちょっと考えた。
似たようなものはなんども開発されたが、壊れやすく、距離も限られ、とても実用的にならなかった。上古の魔族戦争からこっち、人類は距離を超えてた通信手段を模索してきたが、古竜の使う宝珠の性能を落としながら、少ない魔力で稼働させることしかできなかった。
もし、この『ウィルニアの鏡』が、説明されたような性能をもつのなら、それは一回の催しがどうのという問題ではない。
世界がかわる。
エミリアは、アシュベルの心のうちをよんだかのように、嫣然と笑った。
「そのことは、またあらためて。おそらく、今回のイベントはその装置の普及にも大いに役立つことになるでしょうね。」
アシュベルも頷いた。先のことはともかく、彼らは、『栄光の盾トーナメント』を成功させねばならない。
「参加パーティの方はどうなってるの?」
「これが、まだ流動的です。」
アシュベルは、書類を取り出した。
「もともと、話の発端となった『栄光の盾』を自称して、どさ回りをやっていた四パーティは残らず、出場を辞退してきました。」
「・・・・でしょうね。夜の店の出し物として出てこられたら、こっちが困る。」
「まず、出場が決定しているパーティは、現在4つ。」
「少ないが、まだ公募をはじめて数日だ。これからに期待しようか。」
「まずは、勇者クロノが率いる『愚者の盾』です。以前に、クロノさまご自身が、グランダの魔王宮を攻略した際のメンバーをほぼそのまま、連れてきているそうです。メンバーは勇者クロノを筆頭に、クローディア大公国妃アウデリア、魔拳士ジウル・ボルテック、グランダの冒険者『隠者』ヨウィス、それにカザリームの『踊る道化師』から『銀雷の魔女』ドロシーが参加いたします。
これで、メンバーは確定とのことです。」
「ドロシーが?」
エミリアは、鼻にシワをよせた。なんとなく不機嫌な子猫を思わせる仕草だった。
「『愚者の盾』のことは、リウ様やルトから聞いてるわ。魔道院のボルテック卿は行方不明だから、ジウルが出てくるのは仕方ないとして、確かもともとフィオリナが参加していたはずよ。彼女は参加できなかったということ? まあ、ランゴバルドから逃げられない事になっているのだから、冒険者学校で大人しくしておいてもらうのが助かるのだけれど。」
「フィオリナ姫は、ベータ様のパーティで参加いたします。」
ちょうど、グラスを口に運ぼうとしていたエミリアの手がとまった。紫色のカクテルは飲み込まれずに口内からあふれて、そのまま、顎から胸元を濡らした・・・下着を身につけていないエミリアの胸は、かなりまずいことになったが、そんなことを気にするどころではない。
「なにが! なにがどうなって! いつフィオリナがカザリームに!」
「そこらは、『踊る道化師』の一員でもあるエミリア様が、直接におたずねください。」
アシュベルは、書類を指し示した。
「パーティ名は『真・栄光の盾』。参加メンバーは、フィオリナ姫とベータ様、フィオリナ姫の従者グルジエン、それに」アシュベルは顔をしかめた。「我がカザリーム最高峰の魔導師アシット・クロムウェル閣下。あとの一名はこれから、ということだそうです。」
「なにがどうなって・・・・国家の重鎮が参加して公平性なんて保てるの!?」
「幸いにも・・・といいますか、ドロシー嬢が本物の勇者クロノを引っ張り出したお陰で、このイベントは国際的な注目を浴びています。もはや一都市国家がどうこうできるのものではなくなっております。そういった意味では、公平性は十分保てているのか、と。」
「わかった。」
エミリアは、けっこう年寄りくさい仕草で、こめかみを揉んだ。
「それで? 確かロウ=リンドも参加するって言ってたはずね。」
「ここもメンバーは確定です。『永遠の盾』と名乗っています。参加メンバーは、真祖吸血鬼を自称するロウ=リンド、侯爵級吸血鬼ロウラン、公爵級吸血鬼ロゼリッタ。それに我がカザリームのラザリム&ケルト事務所から、ラザリムとケルトの二人。」
「あの二人か?」
エミリアは怪訝な顔をした。
「使えるのか?」
「ほかの国では、ギルマスは冒険者を引退したロートルがなるもののようですが、カザリームでは違います。自らが先頭にたって戦えないようでは、事務所は経営できません。ラザリムもケルトも凄腕のはず・・・です。」
「はず?」
「ケルトは実際に戦った所を見たものは、いないのです。もともとがソロの冒険者でしたし。」
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