第91話 帰還
「新たなる魔王だと?」
ドロシーは、五日後に、「沈黙」に保護されて戻ってきた。
リウたちの根城であるパントラパレス11から、そう遠くもない安ホテル。その一室に監禁されていたところ、窓から脱出を試み、ちょうど、下で露天を出していた青果店のテントの上に落ちたらしい。
怪我は、軽い打ち身ですんだが、救出されたときはほとんど全裸で、かなり衰弱していた。
若い女性がそのような状態であれば、なにをされたかは、だいたい察しがついた青果商は、地元を担当する「沈黙」の巡回事務所に彼女を送り届け、彼女の保護、そして、彼女を監禁していたであろうものの逮捕、あと、できれば、テントと彼女のおしりでつぶされた果物の弁償をもとめた。
ドロシーが「踊る道化師」の名前を出したため、ことはすみやかに進捗し、彼女はまず、ラザリム&ケルト冒険者事務所に。そこに迎えにきたリウによって無事にパントラパレス11の彼女たちの「家」に戻れたのである。
だが、ドロシーはそのまま熱を出して倒れ、意識こそはあったものの、とても話をきける状態ではなかった。
エミリアは、自分の仕事をさぼって、献身的に介護した。
これは、こんな目にあったあとで、男性よりも女性が介護したほうが、精神的に落ち着くだろうという算段であったが、言ったあとで、まともに面倒をみれる女性が自分しかいないことにあたまを抱えた。
それでもエミリアは、小柄な体をフルに使って、ドロシーを着替えさせ、汗をふいてやり、おかゆを口に運んだ。
傷はあちこちにあったが、重度のものはなかった。一応の手当はされているようで、少なくともドロシーを拉致した者たちは、虐待したり、殺したりするつもりはないようだった。
そんな忙しい日々をおくり、なんとか起き上がれるようになったドロシーを、リウとエミリア、ベータが訪れたのは、帰還からさらに3日後、午後もおそめの時間。
ベータはとくに、およびではない。ただ、単にリウと、どこにいくにも一緒にいるだけである。
「はい、新たなる魔王ドゥルノ・アゴンと名乗っていました。
本当に、魔王なのかはさておき、恐ろしい力を感じました。
わたしは、すこし話がしたいからと誘われ、すこしでも情報をひきだそうと、いっしょにレストランにはいったのですが・・・・」
ドロシーは、顔をふせた。
「途中からは記憶がないのです。あるいは飲み物になにかいれられたのかもしれません。
気がついたときには、わたしは、そのドゥルノ・アゴンに・・・」
「ドロシー、あんまりそういうことは、気にしないの。」
エミリアが軽い口調で言った。
「わたしたちは、リウさまをはじめ、超上のものたちに体も心も命も捧げた存在なの。たぶん、これからだってもっと辛いことはたくさん起こるけど、その数倍の歓びもきっといる。」
ドロシーは、押し黙って、そうね、とだけ答えた。エミリアが見かけ通りの年齢で無いのは、わかっているはずだし、なんと返答したか分からなかっただけかもしれない。
「ドゥルノ・アゴンはどんなやつだ?」
リウが言った。まるで、十日後の天気でも聞くような、淡々とした口調だった。
「年齢は二十代に見えました。黒い鎧を身につけて兜は鷲の頭部を型どったもの。その体は逞しく」
ドロシーの目の奥に妖しい光かまたたいた。
唇が笑の形に歪んだ。透明な液体が、つうっと、こぼれ落ちた。
ヨダレだった。
「わ、わたしは、彼に抱かれました。あの逞しいp------は、萎えることを知らず、なんども、なんども、わたしを抉り」
まるで、その相手が目の前にいるかのように、ドロシーは手を伸ばした。
ガウンの前がはだけて、白い裸身がのぞく。そのまま。
何科に、押し倒されたように、ドロシーは、床に倒れた。
大きく開いた太ももは、見えない誰かを迎え入れようと、しているように見えた。
「ああっ! アゴン!
きて! 来てください。わたしをあなたで満たして・・・」
ゴン。
鈍い音は、エミリアの棒がドロシーの意識を刈り取った一撃だった。
気を失ったドロシーはそれでも、唇を戦慄かせて、なにかを求めるように舌を出した。床の上で腰がまるで相手がいるかのように、上下に動いた。
それは、ほんの数十秒続いただけだったが、エミリアは顔を青ざめさせて、その様子を見守った。
ようやく、ドロシーの体から力が抜けるのを確認してから、その体を持ち上げた。
「すいません。」
エミリアは、リウに頭を下げた。
「まだ、話をするのはムリのようです。」
ドロシーを抱え上げたエミリアは、一瞬の怪訝そうな顔をしたが、何も言わずにそのまま、彼女の体を担いで、寝室へと消えた。
ベータは、その様子を見送りながら、愛する自分の魔王を見やった。
リウは、エミリアを目で追ってはいた。が、その表情はまるで、退屈な芝居を無理に見せられているかのような。それを我慢しているような。
「ドゥルノ・アゴン・・・・知らぬ名だが、我らを敵とするならば、相手になろう。」
「アシットの力を借りる?」
ベータが立ち上る。アシット・クロムウェルは、カザリームの最高権力者の血族だ。
自らも屈指の魔導師であり、ベータをカザリームに連れ去った張本人だった。
「アシットには、オレから話そう。場合によっては、カザリームに危害が及ぶかもしれない。」
へえ。とベータは驚いたようだった。驚きながらも、うれしそうだった。
ベータもフィオリナである以上、強い敵の存在がうれしいのだ。
この始末に悪い恋人の肩を叩いて、リウは立ち上がる。
「あ、みんなにまず連絡しなくていいの。マーベルやディクックはともかく、それ以外のメンバーは、単独行動してたら、襲われるよ?」
「それは、それで計算済みだ。」
この男は、10代の少年の顔で一千年の魔王の笑みを浮かべた。
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