第90話 銀雷の魔女は脱出する

酔いどれ魔導師『嵐竜王』ザクレイ・トッド。

吸血鬼ラナ公爵ロゼリッタ。

そして、古竜バインハッド。


ドロシーは、あるいは生身の人間としては、相手を見定める目があまりにも肥えていたかもしれない。

この三体は、確かに強い。ドロシーなど相手にならないほどに、恐ろしく強いだろう。

だが、ザクレク・トッドが、フィオリナに勝てるかといえば、そうでもなく。

ラナ公爵は、おそらく「今の」ロウならば、互角に戦えるのだろう。

古竜バインハッドあたりは、アモンに会った瞬間に、お腹を見せて寝転がる姿しか想像がつかなかった。


つまり・・・・


なんとか、ランゴバルドのルトたちを呼び寄せることができれば、リウは、こいつらに勝てる。

そうで無ければ。


考えごとにふけっていたドロシーは、目の前に突然あらわれた人影に、驚いて後ずさりした。

はじめて、驚き、恐れ、そういったものを露にしたドロシーを、ドゥルノ・アゴンは、満足そうに見やった。


目の前のあらわれた人影は、ドロシー自身だった!


「ククルセウ連合国の南西部の森に住む亜人でな。ご覧のように」

「少し観察するだけで、相手そっくりに姿を変えられる。言っておくが姿だけはない。声もしぐさもわずかな観察時間だけでそっくりにコピーすることができるのだ。」

あとを、引き取ったドロシーそっくりの女は、ドゥルノ・アゴンそっくりこ声色でそう言った。

そのまま、今度は、ドロシーの声で言った。


「あなたが『銀雷の魔女』なんてたいそうな二つ名をもっているのか、どうにもわからないね。ふつうの女の子じゃない? まあ、いい。

はじめまして。わたしが『幻惑師』ブランカ。ドゥルノ・アゴンの四烈将のひとり。」


「ブランカにおまえに化けて、『踊る道化師』に潜り込んでもらう。」

「わたしは、知ってることは全部、話しました!」

「さあ、どうかな。」

ドゥルノ・アゴンは、ドロシーの顎に指をかけて、くいと上を向かせて、その顔を覗きこんだ。

「おまえは、確かにいろいろな情報を与えてくれた。だが、それが本当だとは俺たちは判断できない。例えば、おまえをやつらの手元にもどしたら、リウとは言わん。ひとりでも寝首をかっ切って戻ってこれるか?

なので、それは、このブランカにやってもらう。

言っておくが、化けるだけが、こいつのすべてではないぞ。

それまでは、おまえはここにいるのだ。拘束は、続けさせて貰う。」


ドロシーは、よろけて、座り込んだ。

一時的に、力が弱まっていた見えない鎖がその重みを取り戻したのだ。

まるで、ドゥルノ・アゴンに跪いたかのように、見えるドロシーを、ドゥルノ・アゴンは冷ややかに、しかし満足げに見下ろした。


「おまえは俺の物にする。」

魔王を名乗る男は、高らかに宣言した。

「俺はおまえが気に入っている。おまえの全てを手に入れ、俺が好むように躾てやる。」


石をひいた冷たい床に、ドロシーをそのまま横たえると、ドゥルノ・アゴンは、尖った爪のついた篭手でドロシーのドレスの胸元をつかむと、左右に押し広げた。爪は、ドロシーの両胸に赤い傷を残した。


もともとドレスとはいえ、前開きのガウンのようなつくりの衣装だ。

そのまま、下半身まで晒される。

それは、この数日に幾度も、経験した行為だった。だが、今、ここにはドゥルノ・アゴンの四人の配下たちがいた。


「だめ・・・」

ドロシーは、はじめて本気で抵抗したが、見えない鎖は彼女の手足から力を奪っていた。

「これにも、慣れるんだ。」

のしかかったドゥルノ・アゴンの鎧は固く、重く、ドロシーの体を押し潰し、その凶器は、準備も出来ていないドロシーを、文字通り、引き裂いた。


ドロシーの悲鳴がここちよいように、満足げに魔王は、笑い、下半身の動きを速めた。

ドロシーが、ドゥルノ・アゴンの笑みをみたのは、これがはじめてだった。

それが残忍で冷酷なものなのは、予想はしていたが、それだけではない。

魔王を名乗る男は、妙に底の浅く薄っぺらい人物に見えた。


解放されたあと、ドロシーは傷の、手当を許された。

行為は、苦痛でしかなかった。ある種の拷問にも似ていた。愛情はある、のだろう。

ドロシーを気に入ったというのは嘘ではなさそうだった。だが、ドロシーの体はそれを微塵も感じることはできず、恐怖と嫌悪だけが残った。


ゴツイ、しかも猛禽に、似た爪をそなえた篭手による愛撫は、切り傷や擦り傷を、無数に作っていった。

渡された塗り薬を、傷口によく塗り込むように、言われてから、ドロシーは元いたホテルの一室に、転移させられた。


呆然と。

涙も流れずに、ドロシーは傷を手当した。

姿見に自分の体を写すと、痩せっぽちの惨めな女が、見返してきた。

傷は、胸とお尻、内ももに集中している。不幸中の幸いなのか。渡された薬はよく効いた。

皮膚の擦過傷や蚯蚓脹れになったところは、塗るだけだ跡が消え、ばっくりと血が流れている切り傷も薬を塗っただけで、血は止まり、後には白い線が残るだけ。


逃げよう。

ドロシーは決意した。

服は引き裂かれて、裸同然の有様だったが、やつらのいない、いましかチャンスはない。

部屋は外側から施錠されていたが、窓は空いていた。

部屋は5階だったが、見下ろすとちょうどそこに、青果商がテントを開いていた。


あそこに落ちれば、少なくものたいした怪我はない。あとは「踊る道化師」の名前をだして、リウたちのところに、戻れれば・・・。


体が、重いのは拘束魔術式による見えない鎖のせいだ。よろよろと窓から身を乗り出して、空中に、身を躍らせた。




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