第84話 銀雷の魔女の失踪
「ドロシーが昨晩から戻っていない、だと?」
エミリアは、ファイユの胸ぐらを掴んだ。
可憐な美少女剣士は、美少女盗賊に締め上げられて、ぐええ、と声を出した。
「夕食のときにいないのはわかっていたんだろう?」
「最近は、それぞれの付き合いもあるし」
ファイユが、そういうと、エミリアの瞳が怒りで燃え上がった。
「また、妙な男に入れ上げてるのか?」
「ち、違う。マシューはそんなのじゃないし」
ええっと、きいた名前だったな。
マシュー、マシュー、マシュー‥
「きさまっ! 身内に手を出したのか。しかもドロシーの婚約者に。」
「いや、でも」
「でも?」
「マシューならいいかなあって。」
エミリアは、ちょっと考えて言った。
「まあ、マシューならいいか。どうでも。」
元ランゴバルド貴族の三男坊は、その肩書きも含め、この地ではなんの役にもたたない。
剣の腕も並、魔法は、並よりちょっと下。取り立てて、ハンサムでもなければ、人目を引くほど不細工でもない。
もともと、ドロシーの主家である某子爵家の御曹司であり、勘当された彼を慰めるうちに、なしくずし的に結婚を約束した、という体になっていて、なぜかドロシーもそれを認めている。
どちらも庶民なので、大々的に婚約のお披露目などはしていないが、そういうものだと周りも認め、時間を合わせてふたりで出かけたり、ドロシーなどは、冒険者学校を卒業後の二人の生活のために、冒険者ギルドの職員の職をあたったりしていた。
そのドロシーは、グランダ留学の折には、あっさりと拳術の師であるジウル・ボルテックといい関係にな理、マシューはマシューで、どうもギムリウスにちょっかいをかけているらしい。そう。
「あの」城砦の如き巨体を持つ、地域制圧用生体兵器神獣ギムリウスである。
もちろん、マシューが見たのは、ギムリウスが、ルトたちと行動を共にするために、作った「義体」の方であるが。それは、確かに可愛らしく作られてはいたが、もともと男女の性別もなく、ギムリウスはマシューの求愛については、関心を示さなかった。よくいえば否定することも特に嫌悪感を持つこともなく、ほっておいたので、マシューは、その後もギムリウスにせっせと手紙を送りつけたり、待ち伏せして話しかけたりしていたのが。
ギムリウスが興味本位から、性別を男性にしたときもその情熱の方向は、変わらなかったらしいので、クラスメイトや「魔王党」の連中はちょっと引いていた。
そもそもギムリウスの義体は、10代半ばから後半の青少年が、恋愛対象にするには、すこし幼すぎる外見をしているのだ。
「つまり、ドロシーもそんな付き合いのある相手がいて、ついつい外泊を決め込んだと?」
「い、いえ。」
入学は同期だし、見かけの年はエミリアのほうが下に見えたが、知らず知らずのうちにファイユは、敬語を使っている。
自分のように、たまたま「魔王党」繋がりで、「踊る道化師」として、この地に引っ張られたのではない。入学当初からの「踊る道化師」の一員で、どうやら裏社会にも精通しているらしい。
「全く根拠はありません。」
エミリアは時計を見た。もう時刻は昼近い。
仮に外泊したとしても、学校にも出てきていないのは、おかしい。
エミリアは、走った。校則に「廊下を走るな」というのはあったが、この際、無視することにした。
「工作室」のドアを開けた。
すぐに閉めた。
中でゴソゴソと音がしてから、リウがドアを開けた。
「これからはノックをするようにいたします。」
「当たり前だ。」
リウは、素肌に制服のジャケットだけを引っ掛けていた。
いや、下を履けよ!とエミリアが思った。
部屋の隅でベータがごそごそと、いつもの工作着を羽織っている。
上下の繋ぎ服なので、脱ぎ着は楽そうだ。だからどうした。学校だぞ。
エミリアは、自分が盗賊であることを十分、意識していた。他人の道徳観念の低さを意識したことはあまりなかったのである。
(裏社会の“仁義”も含めて、だ。)
ランゴバルドの本家フィオリナのことも、感心しなかったが、不倫のケジメにカザリームにまで流れてきて、そのコピーを相手に恋人ごっこを始めるのは、いかがなものなのだろう。
一方でその無法図さこそ、王の器にふさわしいとも思っている。
今の場合だって、ちょっと罰の悪そうな不機嫌そうな顔をしているくらいの鈍感さがいいのだ。これで、いちいち臣下を無礼討ちにするようなら、また話も違うのだが。
「何があった?」
リウは、まだ後ろでもそもそしているベータに、工作機を覆っていた大きな布を放った。
「ドロシーが失踪しました。」
「昨夜は、帰っていなかったな。」
リウは、そこまでは気がついていたようだった。
「学校にも来ていないのか? 冒険者事務所の方は?」
「ラザリム・ケルト事務所には、これから行ってみようかと思います。」
「その前に、同じクラスの者が、昨日の動向を知らないか、確認してみろ・・・いや、それはオレがやる。」
「慌ててるのね。」
ベータは、なんとかツナギのチャックを上げることに成功して、歩み寄ってきた。
「わたしは意外に大丈夫だと思うんだけど。」
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