第83話 銀雷の魔女は魔王と語る

通りからは、さほど歩かない。

テーブル席が5つばかりと、カウンター席がある。こじんまりとしたレストランにはいると、待ってきたようにウェイターが近寄り、一番奥まった席に案内された。

まだ、時間が早いのか、客はドロシーとドゥノル・アゴンだけだった。

店内は、旧式の魔法を使ったランプがともされている。わざと、暗くしているの、かもしれない。


「夕食の予定はどうだ?」

ウェイターからメニューを受け取ったドゥノル・アゴンは、ドロシーのにそんなことを聞いた。

ドロシーがかぶりを振ると、次に食べられない食材や苦手な料理を聞いてきた。

ドロシーが特にないと、答えると、彼はそのまま、ウェイターに向き直り、任せる、と言った。


こんな大雑把な注文をする客も珍しいのか、ウェイターは、今月のおすすめコースでいいか聞き返した。


ドゥノル・アゴンは、頷いて、ドロシーには聞いた事のないワインの銘柄を言って、それがあるかどうか尋ねた。


ウェイターは、素直に無い、と認めた。ククルセウのワインは、カザリームまで入ってくることは少ないのです。

運搬業者にさぞかし、飲んべがいるのでしょうな、十樽注文して入るのはひと樽が関の山。代金だけは十樽ぶん払わなければならなきので、値段も法外になります。

なに、ワインでしたらカザリームも良い産地を控えております。

ポコロ・ロンドのビブリオでしたら、お客さまのおっしゃったものに、味も香りも近いかと存じます。


ドゥノル・アゴンは、頷いて、任せる、とだけ言った。

「食前酒とアミューズをお持ちいたしましょう。」


食前酒は、小さなグラスに注がれた泡のたつ液体だった。

あまりの鮮やかなピンクに、はたしてこれが飲み物なのか戸惑っているドロシーに、ドゥノル・アゴンは、毒見がいるか?と聞いて、皿に盛られたハムやソーセージ、チーズの山から一欠片をとって口に放り込んでみせた。

そのまま、ドロシーの口にも、チーズを放り込む。

ムニュ。

と、噛み締めたチーズは、濃厚で、異国の香辛料の香りがした。


「では、乾杯といこうか?」

ドゥノル・アゴンは、グラスを掲げた。

「なにに、乾杯するのです?」

ドロシーは、皮肉げに尋ねた。

「たしかに、わたしとバズズ=リウの間にはどちらかが、倒れる未来しかない。

やつの手下であるおまえも同様だ。」

「手下というのは、違います。」

ドロシーはきっぱりと言った。

「わたしたち、『踊る道化師』のリーダーはルトくんです。リウくんは、わたしたちの、育成のために一時的にカザリームに滞在しているにすぎません。」


少し驚いたように、ドゥノル・アゴンは、ドロシーを、見つめた。

「やつの、手下からそんな言葉が聞けるとは、な。

そう言え!と、やつに命令されているのか?」

「まさか!」


ドロシーは正面から、ドゥノル・アゴンを睨み返した。

「たしかにリウくん、すごい力を持っています。でも、『踊る道化師』は彼だけじゃないんですよ。」


その言葉の意味を測りかねたように、グラスが揺れた。

「ならば、そういう事にしておこう。」

ドゥノル・アゴンは、諦めたように言った。

「ならばこれは、わたしとおまえの邂逅を祝っての乾杯だ。それならいいだろう。」


唇がはじめて触れ合うように、グラスの縁があわさって、澄んだ音をたてた。


飲み干した食前酒は、甘く口当たりがよかった。酒精は高くは無い。


「おまえはおもしろい、ドロシー嬢。」

「ドロシーで結構です。わたしは貴族ではありません。」

「それなら、わたしも貴族ではない。」

「陛下、とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」


ふん、とドゥノル・アゴンは、鼻を鳴らした。


「皮肉か?」

「いいえ。しかし・・・」

「なんだ。言ってみろ。」


口調は荒っぽい。年は二十代の前半だろう。整った顔立ちだが、怖い。

気軽に話しかけるなどと、とんでもない。あるいはリウも千年前には、こんな風だったのだろうか。恐ろしく怖い。

それでもドゥノル・アゴンが、ドロシーを気遣っているのがわかる。


それ以上に。


会ってから今まで、その表情に笑みの一つも浮かべていない。

それでもわかる。わかるのだ。


「魔王・・・というのは、どうやって誕生するのでしょうか?」


ドロシーは、頬杖をついて、ドゥノル・アゴンを見上げた。


「誰かが、ある日やってきて、おまえが魔王だと告げるのでしょうか。」


最初の料理が運ばれてきた。カザリームの名物である煮凝りの乗ったサラダだ。海藻類がふんだんに使われている。体にはいいらしいが、実は、ドロシーはこの料理があまり好きではなかった。

知らず知らずのうちに、顰めっ面になっていたらしい。


初めてドゥルノ・アゴンが、笑った。意地の悪そうな笑いだった。


「そこが気になるか、銀雷の魔女。」

「ドロシーと呼んでください。二つ名はあまり好みません。」


ワインが運ばれてきた。魚介類を煮込んだスープと、小皿料理だ。また煮凝りが乗っている。

ドロシーはうんざりした。

ワインのティスティングをする、ドゥルノ・アゴンを睨む。

このメニューなら、ワインは白のほうが良かったのではないだろうか。


睨んだまま、注がれた真紅の液体を口に運ぶ。


悪くない。ような気がする。ドロシーが物心つく前から上水道が完備されていたランゴバルドでは、食卓に毎日水代わりに酒が並ぶような生活ではなかった。ワインの味はよくわからない。


「そうだな。起こったことは、おまえの予想に近いぞ。」


ドゥルノ・アゴンの永久凍土を思わせるアイスブルーの瞳に、ドロシーの顔が映る。まだ、酔っているわけもないのに、まるで酔っ払ったように、潤んだ目をしている。

これは、あれ、だ。


今までも何度か感じたことがある。


逆らいようもない恋の予感だ。

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