第82話 銀雷の魔女と白き魔王の邂逅

物語の舞台は、いったんカザリームへと戻る。

千年前の魔族戦争による焼失を免れたわずかな都市は、上古の趣を残す旧市街と、高層の建物が立ち並ぶ新市街に別れている。

高層建物に特有の、昇降の問題を独自の技術『繭』で解決したこの都市国家は、いまもなお、競うように高い建物を建設し、発展を続けていた。


リウたち、『踊る道化師』の別働隊がこの街を訪れて半年が過ぎている。


傷心のリウをこの街はけっして優しく迎えたわけではない。

海に面し、周りを切り立った山々に囲まれたカザリームは、魔道列車が通っていない数少ない大都市である。

銀灰皇国や、龍皇国のように、半ば鎖国を続けている国とは異なり、西域の他の国々の物資、情報はふんだんにはいってはいる。さが、どこかで歪は生じたらしく、ギウリーク聖帝国のミトラで大暴れした冒険者パーティ「踊る道化師」の情報がどこか間違って伝えられたらしく、この街で「踊る道化師」を名乗るパーティが続出したのである。

おかげで、彼らはついてそうそうに「真の」踊る道化師を決めるためのトーナメントに出場するはめになった。


まあ、優勝賞金に加え、大いに名を売ることができたので、これはこれで、結果オーライだったわけだが。


リウの転移阻害の腕輪は、相変わらず、健在で、迷宮への侵入に転移を必要とする迷宮が大半のカザリーム迷宮群ではじゃまでじゃまでしょうがない。とはいえ、リウの昔の部下であるマーベルを配下に加えたことで、いざとなれば、地上の一部を無理やり迷宮とつなげてしまうことで、なんとか転移なしに迷宮入りが可能となった。

そうこうしているうちに、ドロシーたちも迷宮での立ち振舞に慣れ、リウなしでも迷宮攻略が可能になったのである。


加えて・・・・


新しくメンバーに加わった三名(あるいは三体)は、どうにもならなかった。

なにしろ、マーベルは、空間魔法の権威であり、自らが迷宮主でもある。

またディクックは糸を使って、空間を支配する能力をギムリウスから与えられ、いっときは実質的に階層主として君臨していた。

そして、フィオリナ(β)は、たぶん妙な発明グセを含めて、迷宮攻略に関しては、本物を超えていた。

この三名が加わった迷宮攻略は、迷宮攻略ではすでになくなり、リウが「もっと迷宮攻略らしいやりかたで迷宮攻略てくれ」と文句をつけたほどだった。


リウにしてみれば、ドロシー以下の訓練のつもりで迷宮探索をやらせているので、あんまり楽をされても訓練にならない、ということらしい。

そんなわけで、本業が順調なのにくわえて、ディクックが迷宮内に設営した冒険者キャンプが、一種のリゾートホテルとして、大当たりしており、この分の収益だけでもばかにならない。

本来ならば、ここで横槍をいれてくるはずの、カザリーム政府や商工協会は、エミリアが設立段階で、治安・警察機構である「沈黙」を出資にかませておいたことで、そちらで処理してくれている。

なので、ランゴバルドにいるルトたちに、かなり高額の緑の小切手を送ることができた。


その二枚目の発送がおわったころの、話である。


ドロシーが、季節外れの雪が降る街角で、「新たなる魔王」を名乗るドゥノル・アゴンと出会ったのは。


まだ、冬には少し間のある季節だった。

寒さもそれほどではない。実際にドロシーは、やっとコートを買うことを決意して、商店街を歩いていた。そんな時期だ。

時間帯は、日が落ちかけて、街灯のあかりが、点いていることに気づく。そんなころ。


ドロシーは、魔王を名乗った男に、丁寧に一礼した。

「わたしは、ドロシー・ハート。」


ドゥノル・アゴンは、すこし驚いたように、ドロシーを見つめた。

いきなり、攻撃魔法でも放つと思われていたのだったら、心外だ。ここは第七街区でも指折りの商店街である。道を行く人も多い。こんなところで戦うのは最悪だ。


「銀雷の魔女、ドロシー・ハートか?」

「冒険者界隈では、そう呼ぶものもいるようです。わたし自身はそう名乗ったことはありませんけど。」


白地に銀糸で刺繍を施したジャケットは、ドロシーには見たこともない意匠だった。

だが、この男には似合っている。


顔立ちはハンサムだが、ひとを寄せ付けないような険しさがあった。


彼は、うっとおしそうに空を見上げた。

淡雪である。

地面におちるまもなく、水になって消えていく。積もることはないだろうが、まだまだ降り続きそうだった。


「すこし、話がしたい。」

「かまいませんよ。」


新しい時代の魔王、の意味はわからないが、この男が強い・・・おそろしく強いことだけは、わかった、立ち会えば一瞬で、倒されるだろう。

ならば、必要なの情報の収集であり、それを持ち帰ることだった。


「だが、あいにくと立ち話には向かない空模様だ。場所をかえるか。」


ドロシーは頷いた。

雪はまだ降り出したばかりである。

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