第85話 銀雷の魔女の捜索

ベータはもともとは魔道人形と呼ばれる人工生命だ。フィオリナをモデルに彼女を作ったのは、北国グランダに名高い魔道院に百年に渡って君臨したボルテック卿。現代における魔道の最高峰の一人と言われ、実際に作られたフィオリナ人形は、戦闘力において彼女に近いものを持っていた。

それを、盗み出し。6年に渡って、改良という名の成長を加えながら、愛情を持って育んだのは、カザリーム最高の魔導師、アシット・クロムウェルだった。


「踊る道化師」の面々は、彼女をフィオリナとして扱っている。

その方が、しっくりする。

十歳まで。グランダで育った記憶は持っている。ハルトと呼ばれていたルトとも仲がよかった。

ベータの記憶の中では、父親であるクローディア公爵の意向もあって、間も無く婚約する予定であった。だが、強大すぎる魔力による成長阻害の兆候が既に現れていたルトとの結婚に不安を抱いていた。そこに現れた留学生であるアシットが、彼女を遠くカザリームへと連れ去った。身代わりにボルテック卿の魔道人形をおいて。


つまり、ベータの認識の中では、自分こそが本当のフィオリナであり、グランダで育ち、ランゴバルドにいるフィオリナが魔道人形である。

そこら辺は、リウは無視している。

周りも考えると複雑になるので、解決は、フィオリナ自身かルトに丸投げするつもりでいる。


そのベータのセリフに。

「しかし! ドロシーだぞ!」

エミリアが抗議した。


「ドロシーだからよ。彼女は大人だ。そして、常に誰か愛するものにそばにいて欲しいタイプだ。」

「一応、マシューというのが、彼女の婚約者だけど。」


ベータは、冷静に続けた。ここらは、ルトを巡って、感情的なしこりがあるランゴバルドのフィオリナよりも、公平にドロシーを見れていたかもしれない。


「この半年、彼女を見ていたけど、どうもあの“婚約者”は、あまりドロシーに向いてないんじゃないか?

クロウドは、明らかにドロシーに好意をいだいていたし、ドロシー自身は、リウに関心があった。わたしがいなければ、リウと深い仲になっていただろう。

我が君は・・・・」

ベータは肩をすくめた。

「その手の欲望を抑えるのは、苦手のようだし、な。」


エミリアは、リウを睨んだ。リウは、そっぽを向いて口笛を吹いていた。


「どう、されます?」


「ドロシーの捜索は続ける。」

リウは、言った。

「おまえは、マーベルとディクックと合流して、ケルトのところを当たってくれ。ドロシーに何か変わったところがなかったかは、オレとフィオリナで続ける。」






俺が魔王だ。

と名乗れば、魔王になれるのならば、もっともっと歴史上に魔王が誕生しそうなものだ。


上級魔道学校で学んだことのあるドロシーは、そう思う。

勇者は、必ず異世界から神によって招かれる。一方で、魔王は必ず、この世界から誕生する。


鶏が先か。卵が先か。

いずれにせよ、勇者と魔王は、必ず対の存在として誕生する。

「初代」勇者であるリウを封印した千年前の勇者は、歴史上に確認できる勇者である、ということに過ぎない。

聖光教の教皇庁は、「勇者」ブランドを自身で独占したかったのだろう。


だが、現実には、千年の間、新たな魔王が誕生せず、上古の魔王たるリウが魔王宮という迷宮に閉じこもっていたからに他ならない。

ならば、勇者クロノが、この時代に転生したのは、リウの魔王宮からの復活を予期したものだったのか。ならばそれは「誰」の予期なのか。


クロノとリウが、勇者と魔王として対になるのなら、ヴァルゴールが、うっかりアキルを「勇者」として、召喚してしまったので、対になる魔王が必要になった。

そのために、新たなる魔王が誕生した。いや誕生させた。


それは「誰」が。

一方で、リウという魔王が地上に顕在している以上、魔王が並行して存在することになる。それはあっていいことなのか。

だから、魔王を誕生させた「誰か」はいつもより、難しい条件を押してつけたのだ。

すなわち、過去の魔王、バズス・リウを倒すことを。

この男ドゥルノ・アゴンに。


「あまりにも分が悪いと思う。」

ドロシーは言った。

ワインの酔いの中だったので正確な言葉遣いの方は憶えていない。だから随分と失礼な物言いをしたのではないかと、それだけはかろうじて覚えている。

「リウはひとりではない。迷宮の階層主たちがいる。『踊る道化師』がいる。

そんな無謀を冒しても、魔王の座は魅力あるものなのか?」


「『世界』が、俺に語りかけてきたのだ。」

ドゥルノ・アゴンは、言った。

「一言、『諾』と答えれば、自分の意思と世界の意志がひとつになる。その魅力に逆らえるものがいるものか。」



ドロシーは、傍で眠るドゥルノを見つめた。

眠りのなかでさえ、ドゥルノは、何かと戦っているような苦しげな表情をくずさない。

それは、先ほどの濃厚なひと時の中で、ドロシーの口腔がドゥルノのものをなぶっていたときにも見た表情ではあった。

外の街灯が、投げかけるオレンジの光は、ドロシーの白い裸身を染め上げて、柔らかな陰を落としていた。


破瓜の痛みは、まだドロシーの身体の芯を怯えでつつみこんでいた。

これがあるから、ジウルは最後の一線をまもったのか。

不世出の魔導師にして、天才拳士ジウル・ボルテック。

あなたはつまらないことをした。


わたしは愛する者とは、こういう行為をしたかったのだ。

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