第73話 ガブリアス空隙の死闘

ベータは、無詠唱で障壁を展開したが、決して遅すぎはしなかった。

目に見えない魔法の壁に、弾き返された攻撃魔法は、ドロシーが見切れたものでもざっと三十。

剣で防ぎ切れるものではない。


そのまま、ベータは、後ろに下がって、蜘蛛どもの集中攻撃から避けようとしたが、蜘蛛は、自在に空中をかけ、二人と並行に、あるいは空洞の天井部分位に張り付くようにして、次々と魔法を撃ってきた。


ベータとドロシーは、大空洞の見えない通路まで後戻りした。

蜘蛛はかまわずに追ってくる。


だがそこまで来れば、ドロシーの魔法だって通じる。

氷の矢が、蜘蛛の頭を貫き、その屍を乗り越えた別の蜘蛛を、ベータが両断した。

続く、蜘蛛の一段に、ドロシーは、氷の礫を乱射して、足をとめ、さらに炎に矢を打ち込む。


自ら炎の矢を使うだけあって、炎の矢には耐性があるようだった。


何匹かは動きを止めたが、残りはそれを超えて殺到する。


氷と炎で、びしょびしょになったまま!


ドロシーの雷がそこに炸裂し、蜘蛛は痙攣して倒れ込んだ。


「スコアは、わたしを超えたぞ!」

ベータは、光の剣を作り出して、投げつけた。次の蜘蛛集団の真ん中でそれは炸裂し、バラバラに吹っ飛んだ蜘蛛の死骸が、天井に、床に汚いシミとなった。

「これで、また逆転、と。」


回避場所ば十分にない通路に侵入することの愚を悟ったのか、それで直接の攻撃は打ち止めになった。

しかし、通路の先にある『巣』からは、相変わらず魔法投射による攻撃が続く。


ベータとドロシーも打ち返したが、『巣』を使って、空間を立体的に移動する蜘蛛を捉えることが出来なかった。


「どうするかな。」

ベータは、ドロシーをチラリと見た。

「どうするかって、ランゴバルドのフィオリナ姫ならどうするか、って意味ですか?」

「そういう意味にとってくれていい。」


ベータは少し、苦い顔をした。


「わたしと違う環境で、10歳以降育ったフィオリナだ。ハルト王子と一緒に育ったフィオリナだ。

子どもが育つには、最適な環境だとはとても思えない。毎日がブートキャンプだ。

いったいわたしは、どうなった。

たぶん、単純に戦闘能力だけなら、わたしを超えているかもしれない。

それ以前に、おのれの欲望のためなら婚約者でも裏切るような化け物に育っていないだろうか。」


立派に育ってます。

という言葉を飲み飲むドロシーだった。

でもそれを言ったら、目の前のベータだって、長年養育し、愛情を注いでくれていたアシット・クロムウェルを振って、リウに走ったのだから、あっちのフィオリナを批判するのはおこがましい。


「踊る道化師仲間からは、『残念姫』と呼ばれてます。」

それで、察してくれ、とドロシーは思った。

案の定、ベータはやな顔をした。


「ああ、一度説教してやらねばいかんな。

で、どうだ、ランゴバルトのフィオリナならどうする? この場合。」

「たぶん、なんですが」

ドロシーは、次の魔法をいそぎ、構築している。


彼女が防護壁のかわりに、展開してい分厚い氷の壁。

炎の矢にも十分な耐性をもった、それに次々と金属の矢が突き刺さったのだ。


それは、短時間で消えもせず、また、恐ろしい灼熱を放ちながら、氷の壁に、無数のヒビを走らせた。

それを砕けないように、さらに氷でコーティングしながら、ドロシーは、呻くように言った。


「ホンモノなら、たぶん空洞全体な竜巻を召喚すると思います。」


「ホンモノは勘弁してくれ。」

フィオリナは、そう言いながらも、ドロシーのアドバイス通りに、空洞に竜巻を叩き込んだ。

『巣』そのものが揺れ、蜘蛛は自由に空間を滑空できずに、足場を失った何体かが、バラバラとこぼれ落ちた。


ひっきりになしに打ち込まれていた攻撃魔法が止んだ。

蜘蛛が大勢を立て直すまで、しばらくは、攻撃はなさそうだ。


しかし「巣」そのものは健在であったし、また、「巣」を構成する糸もベータの召喚した竜巻程度では、ビクともしなかった。

恐らくは、「巣」そのものが魔法の産物であり、広大な空間を支配してあるのだ。


「わたしはまだ、わたしがホンモノで、向こうが、魔道人形である可能性を捨てきれていないんだ。」


ベータは、ドロシーに視線を合わせないようにして、そう呟いた。

フィオリナだったら、そういうのだろう。

ドロシーは、このフィオリナを好ましく思った。



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