第72話 魔女とベータ 大空洞の蜘蛛軍団
「結局、剣と魔法ってわけね。」
と、フィオリナ(β)が言った。
タイツの上から、簡素な革の鎧をまとっていた。剣は、短めの片手剣。ほかに武器は帯びていない。これが、フィオリナならば、確かに投射用の「光の剣」をほとんど、実体化させて使うこともできるから、かならずしも「剣」がなくても剣をふるうことができるのだろう。
「拳と魔法かもしれませんよ。」
ドロシーも、同じような格好だった。ギムリウスの糸のボディスーツを失った状態では、どんな鎧も動きの邪魔になるだけで、心もとない。手甲だけは、ジウルから18の誕生プレゼントにもらった業物だ。
そういえば、あれほどの大魔導師が、贈り物にくれたものだ。なにか、秘めた力でもあるのかもしれないが、それは自分で探せということなのだろう。
フィオリナのように「収納」に余裕のないドロシーだけが、雑嚢を背負っている。
最小限の食料。飲水。傷薬。毒消し。
第三階層の問題の竪穴までは、ほぼ一直線だ。
雑嚢は決して重くはない。それでもベータの駆けるような足取りについて行く、ドロシーの息がはずむ。
この迷宮の床は、石畳がひかれて、歩きやすい。それに文献で読んだような、這いつくばって通らねばならない狭いところもない。
なんどか、前を走るベータが、少し頭をさげて、剣を一閃。そのたびにあとを走るドロシーの目の前に、切断されたなにかの触手や鉤爪を備えた腕、その体液などがぶちまけられる。
灯りは、ところどころに灯されている松明。いったいこの地下の世界でいつから燃えているのかもわからないにぶい、オレンジの炎に照らされた通路をひた走る。
ついた。
汗にまみれたドロシーは、俯いて、息を吐く。心臓の音がうるさい。
ベータが、呆れたように、ドロシーを覗き込んだ。
「おまえは、まともな人間なのだな。たしかに魔法使いとしての素養もあり、拳士としても優秀だ。だが、まだ未熟だし・・・それほど、修練もつんでいない。」
「せいかい、です。」
息を整えるのもしばらく、かかりそうだった。
そう、そのとおり。ドロシーは、普通の人間だ。
いくつかの偶然がかさなって(それが幸運だとはいいきれない)ドロシーは、冒険者になり、『踊る道化師』という妄想癖のある英雄譚大好き少年の夢想のなかにしかでてこないパーティの一員となっている。
「わたしは・・・もちろん、もっともっと修練は積むつもりですが、リウくんたちには、ついていけません。
たぶん、『踊る道化師』がもっと大きくなれば、裏方・・・事務官としてみなさんのお手伝いをすることになるんだと思います。」
ふうん。
と、うろんげに美しい剣士は、ドロシーを見やった。
目の前にひろがった空洞は、つい先日とは様変わりしていた。
縦に100メトル。幅20メトルを超える竪穴。そこはもはや空洞ではない。
一本一本は半透明であるにもかかわらず、それが無数に組み合わさった『巣』は、白い塊のように空洞を覆い尽くしていた。
そして、その中に、無数の蜘蛛がうごめいている。
「これは・・・・事務所からの報告にもない事象です。」
ドロシーは、息をととのえながら言った。
「巣の形はいろいろですが、基本、巨大な蜘蛛が一匹。空洞全体を巣で覆い尽くし、無数の配下をはびこらせるなど、まったく想定外の事態。
いったん、戻ってリウに相談するのも手かと思いますが・・・」
「リウの力を感知して、一時撤退、それに対処できるように備えをもって、舞い戻ってきたのだ。」
うきうきとフィオリナ・・・いや、ベータは言った。
「つまり、この蜘蛛は、知性をもった魔物・・・『災害級』ということになる。
わたしにしても対処するのは、はじめてだな。まるで、伝説にきく神獣ギムリウスのようだ。」
そうですね。
とは、ドロシーは言わなかった。
まるきり、同意できなかったからだ。
ギムリウスならば、その前の空洞ごと、魔法で焼き払って終わりにしただろう。たしかに災害級でもピンからキリまであるのだ。
少しばかり増殖したデカ目の蜘蛛と、ギムリウスを比較すること自体、間違っている。
だが、あえて、ベータにそれを言うつもりはない。
ベータ自身がこれから、それを身をもって体験すればいいのである。
もし、彼女がフィオリナなら、そんな試練だって乗り切るだろう。
ベータの抜き打ちは、またドロシーにはまったく視認できなかった。
その一撃は・・・・蜘蛛の一匹が放ったどす黒く燃える炎の矢を薙ぎ払ったものだった。
「やつら、中から遠隔攻撃をしてくるぞ。」
楽しそうにベータは言った。
「こちらから反撃できそうか? ドロシー。」
「わたしの魔法では射程外ですね。」
ドロシーは正直に言った。
「それに奴らは、『巣』を使って空間全体を、立体的に動き回っています。届いたとしてもとてもあてる自信はありません。」
「なるほど、しかし。」
今度は、炎の矢は七本だった。別々の蜘蛛が別々の角度から撃った魔法だった。
それを、剣の一振りで。ほんとうに一振りで消し去ったベータは、しかし、焦る様子もなく、考え込んだ。
「しかし、このままでは的になるばかりだな。魔法まで使う蜘蛛軍団か。これは、リウにいい土産話ができそうだ。」
生きて帰れれば、ですね。
と、思ったが、ドロシーは口には出さなかった。
次々に投射される魔法の矢は、炎ばかりではなく、氷や、金属性のものもまじりはじめていた。
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