第71話 魔女とベータ

結果から言うと、次のクエストは失敗した。

「ジャラドス歪冥宮」の第三層に、巣食った大蜘蛛を退治するという、ものだったのだが、リウたちがたどり着いたときは、大蜘蛛の姿はなく、縦に長くのびた空洞には、ただ、むなしく風が吹き抜けるだけだった。


「逃げたな。」

困ったリウは、ベータを振り返った。

姫騎士の、格好のベータは、普段のツナギ姿よりもいっそう、本物のフィオリナぽかった。


戦う気バリバリなのに、肩透かしをくって、機嫌が悪くなっているところなども、そっくりだった。



「退治すべき魔物に逃げられたときは。」

「やっぱり失敗ですかね。」

ドロシーは、首を捻った。


一応、学生という身分を得たからには、むやみに、何日もかけてここに留まるわけにはいかない。

学校が欠席になってしまうからだ。


つまり、逃げた魔物は、彼らが立ち去れば、戻ってきて巣を作る。

それでは、意味がない。


「追うか?」


おおよそ高さが、100メトルはある竪穴は、ほぼ円形で直径が50メトルほど、途中に無数の横穴が空いていた。

どこに潜り込んだのかは、巧みに痕跡がけされたいた。

壁は、垂直に切り立っていたが、浮遊魔法を使えばなんとかなるが、それ以前の問題だった。


「わたしが一人で残る!」

ベータは宣言した。彼女が工作室でこつこつ作っていた魔道具はなにひとつもって来ていない。武器は腰に穿いた剣、一振りだけだった。


「なんで?」

「あなた方は、まだ卒業に単位が足りないでしょ。わたしはもう大丈夫だから。」


そういう問題ではない。


「ベータさん。実戦の経験はあるの?」

「カザリームに来てからは、ほぼ、ない。」

と、あっさりとベータは認めた。

「アシットはやたらに過保護なんだ。だが、グランダにいたときは、ハルトといつお二人で冒険してたんだ。知ってるか? わたしとハルトは10歳のときに、ふたりだけで、魔物のスタンピードを止めたんだぞ。」


その噂はきいたことがあるが、いくらなんでも眉唾ものだと、思っていた。

魔物のスタンピードというのは、通常は国が総掛かりで相手をするものだ。そうしなければ、国が滅んでしまう。


「そういえばひとつ、聞きたいんですが。」

ドロシーは、蜘蛛が巣食っていた竪穴を覗き込みながら言った。

「ベータさんの中では、ルトくん・・・ハルト王子はどんな位置づけになっているんです。」


「懐かしいな。」

フィオリナ(β)は、顔をほころばせた。

「正気言えば、あの子のことだけが心残りだった。わたしと・・・ハルトを婚約させようという動きもあったのだ。

父上は、ハルトのことをえらく気に入っていたし、わたしもハルトが好きだった。

だが、それにはハルト自身が難色をしめしたんだ・・・・魔力過多で自分はこののち正常に、成長ができないだろう、と言って。」


ベータは遠い目をしていた。

「それでも、わたしはあの子と婚約したと思う。なにより、あの子を守ってやれるのはわたしだけだ、と思ったからだ。

あのとき、アシットが現れなければな。」



ラザリム=ケルト事務所の、妖艶な受付嬢、イシュトは、ドロシーとリウから失敗の報告を受け、むしろほっとしたようだった。

まともなパーティならば、苦手があって当然なのだ。

たとえば、迷宮主の管理する秘宝を奪取してくるクエストで、その日のうちに迷宮主をつれて、事務所にやってきて、自身の手から秘宝を差し出させるのは、厳密にはクエスト達成ではない。

かと言って、それを理由に報奨の支払いを拒むのは、あまりにも恐ろしかった。

なので、迷宮主だと名乗った美女に、経歴を聞いて、冒険者として登録してしまった。なに千年ばかり前に、カザリームで暗躍していたと伝説にある魔族の大魔導師マーベルの生を名乗ったが知った事か。


「いかがします?」

と、イシュトはたずねた。


「いかが、とは?」

「いずれは、退治せねばならない相手です。ここで、任務を失敗、放棄してしまえば、違約金が発生しますが、次のトライの予定をたてて、3日以内に提出いただければ、『失敗』にはなりません。もともと何日以内に、というクエストではもないので。」


リウは、なるほどと言って、少し考え込んだ。


「もともと、オレがいたから、魔物も戦わずして逃走を選んだんだ。なら、オレがいなければいいか・・・・フィオリナ!」

「ご指名ありがとう、リウ。」


本物のフィオリナよりも、ベータは少し顔立ちが優しい。太っている訳ではないのだが、体の曲線もまろやかだ。それは、育った環境もあるのだろうが、何よりも信頼できる恋人兼保護者であるアシットとの付き合いかたにあるのだろう。


「ドロシーと二人で、『ジャラドス歪冥宮』に巣くった大蜘蛛を退治しろ。」


「ま、待ってください!」

イシュトは、叫んだ。

「リウさんが行けないのは、わかりましたが、なぜふたりだけで!?

残りのメンバーも連れて、せめて五人編成にされれば。」


「マーベルは、あれ自体が迷宮のあるじだ。俺と同様に、蜘蛛の方から避けられてしまう危険がある。そして、それ以外のメンバーだと、かえって足を引っ張る。二人に任せるのが、ベストだ。

やれるな、ドロシー。」



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