第67話 魔導師マーベル
マーベルは、その昔、もうはるか千年ほど前に、魔王バズス=リウの腹心だった。
この言葉は、魔族にとって特別な意味がある。
リウの発する強大な魔素。その影響による凶暴化を逃れた特異な体質を持ち、リウの本当の望みである、凶暴化した魔族を正常に戻すという目標を同じくする仲間、という意味である。
リウが、勇者によって封じられたとき、マーベルは、魔族の先遣隊として、カザリームに潜入していた。彼女の能力は、疑似空間の創造、それを利用しての隠密活動に特化していたのだ。
カザリームは、周りを険峻なる山岳地帯に囲まれた、それ自体が要塞とでもいうべき、都市だった。攻めるならば、海上。
だが、もともと海に面していない北の国で誕生した魔族は、地上でこそ、魔素によって強化されたその力で、一騎当千の武力を誇っていても、海軍といえるほどのものは、ついぞ持たなかった。
マーベルは、密かに当時のカザリーム皇帝に、働きかけ、少なくともカザリームが、他の西域ならびに中原国家への支援を行わないようにすることが、目的だった。
それは、十分成功していた。
その最中である。
勇者によって、リウが迷宮に封印されてしまったのは。
リウの魔素がなくなったからと言って、ただちに、魔族たちの能力が失われるものではなかった。
西域をほぼ手中に納め、中原深くまで侵攻していた魔族は、リウが封じられたことにより、分断され、その一部は人間側についたものの、総崩れになることなく、整然と撤退することに成功したのである。
もちろん、取り残された哀れな魔族は少なくなかった。
マーベルもその一人である。
彼女は、その力を使って、カザリームの地下にある迷宮のひとつを自らの支配下におき、そこに逃げ込んだ。優れた魔力量は、彼女に、200歳を超える寿命を与えたが、再び地上の光を見ることなくく、その生を終えたのである。
もっとも、死ぬ前に彼女は、再びこの地に人間として生まれ変わるように、転生魔法を施していた。
これは、極めて危険な賭けだった。
転生がそもそも生まれ変わりなのか、単に記憶の一部を残した別人かは常に議論の的になっている。
それでも、マーベルは、もう一度、リウに会いたかった。
きっと。
きっと、陛下はわざと迷宮に封印されたのだ。
魔素の流出を止め、魔族を果てしない凶暴化から救うために。
それは限りなく真実に近かったのだと、当時のマーベルは知る由もない。
マーベルは、都合11回。カザリームの地で転生を繰り返した。
まったく前世の記憶が戻らなかったもの7回。
中途半端に戻ったときは、前世の記憶は悪夢となって、彼女を襲った。
「魔王霊」というこの出来事をモデルにした詩は、やがてカザリームを代表するホラーとなって、小説、絵物語、舞台とさまざまに派生していくことになる。
得にギウリークでは、彼女と戦うヒーローたちの絵物語が活劇ものとして大ヒットするのだが。それはまた別の話となる。
そして、一千年後。記憶を取り戻した転生体として、マーベルは存在している。
今世の自分は、今までの転生の中でも、群を抜いて不遇であった。
彼女は、不義の関係による子として、生まれて間も無く、迷宮内に捨てられたのだ。
それがショックになったのであろうか。彼女はその時点で前世の記憶を取り戻していた。
彼女は、その空間魔法を持って、迷宮の覇者となった。
ついには、コアそのものを手に入れ名実ともに迷宮を支配する存在となったのだ。
その目的は、まずは生き延び切ることであったが、次第に自分を切り捨てた地上世界への復讐と変わっていった。
まずは、迷宮を地上とつなげる。
今まで、出口では、もともと冒険者たちの出入りも多い。密かに地上に出るための隠し通路が必要だ。マーベルは、その方法を模索し、ついてに自分の疑似空間を駆使して、とあるコンドミニアムの一室を、迷宮の出入り口に構築することに成功する。
住民は、そのための魔法儀式の最中に、気味悪がって退去してしまった。
迷宮主が、いやそうでなくても
だが、彼女一人では流石に、力が足りない。討伐されて終わりである。
ここを拠点に力を蓄える。
見事に、コンドミニアムの一室を迷宮の一部と化すことに成功したマーベルの前に妙なやつらが現れた。
名乗りを上げた彼女に対して、親しげに話しかけ、これから陛下を連れてくるという。
混乱の中で、マーベルは、戦いの準備を行った。
迷宮からモンスターも召喚した。
黒い犬の姿をした魔獣だ。
彼女みずから、戦闘訓練を行った。忠実かつ勇猛な魔物だ。それを三匹。
冒険者パーティでも蹴散らしてやる。
そして、冒険者の一行が姿を現した。
いずれも若い。20代になっているものはいないだろう。
戦闘には、精悍そのものの美少年が、立っていた。彼をみたとたん。
黒犬たちは、躊躇わずにマーベルの足に噛み付いた。
抗しようもない相手と戦うことを、強要した時には、召喚獣でさえそうなる。
しかし!
ならばこそ、千年ぶりに我が力を振るう時!
マーベルは、黒犬の牙の痛みに耐えながら、瘴気の槍を構築。全部で六本のそれを一行目がけて、投射した。
先頭の少年は、防ぎもかわしもせずにせずに、笑顔を向けた。
「よう、マーベル。」
とっさに、マーベルは転移した。
自分の発射した槍と、少年の間に自分自身の肉体をねじ込んだのだ。
槍は、彼女の体を貫き、侵食した。そう魂までも。
なんという!
なんという間抜けな死に様。
そう、これもわたしに、相応しいかもしれない。
でもよかった。
完全に滅する前に、バズス=リウさまにもう一度会えて。ずいぶん可愛らしい姿になっていたけど、いま付き合っているお方の趣味かしら。
覚悟した意識の消滅は、なかなか起きなかった。
「おい、起きろ! マーベル。」
少年の声ではあったが、その声は間違いなく、懐かしい陛下のものだった。
「ああ、陛下。」
「ああ、ヘイカ、ではない。」
リウは、マーベルを抱き起こした。
その感触だけで、わお、今度こそ意識が飛びそう。
「オレを偽物とでも思ったのか?
バズス=リウの偽物を名乗るメリットがこの世界であるか?」
「前回の転生のときに、魔王を名乗る楽団がおりました。」
マーベルはなんとか体を起こす。
「この分では、食事の用意や部屋の掃除はやっていないな?」
「いえ、それは。」
マーベルはおずおずと答えた。
「万が一、本物の陛下が来れれたときのため、してあります。」
そう、マーベルは、とんでもなく小心者の官僚体質なのであった。
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