第66話 魔王のお引っ越し2

ドロシーは学校の廊下を小走りに工作室へと急ぐ。

すれ違った学友が愛想良く挨拶してくれた。

冒険者資格ほしさに、けっこうおっさん、おばさんも紛れ込んでいるランゴバルド冒険者学校に比べても、普通の学校に近い。


工作室の前で、一度立ち止まる。

中は静かだ。人の気配はない。


「リウくん! ベータさん! 迎えにきました。」


そう声をかけたが反応はない。

ノックをしてみたが、応えはなかった。

思い切ってドアを開ける。

鍵はかかっていなかった。


前に訪れたときと変わらない。

工具や部品が散らばった部屋。広さはかなりある。リウとベータと、ほかならぬドロシー自身がここでやり合ったほどの広さがあるのだ。

そのた片隅に異様な、ものが転がっていた。


繭玉だった。


カザリームで移動に使う「繭」ではない。


もっと本格的な。例えばギムリウスが寝床に使うような密閉された、本当の繭だった。

それが、ゆらゆらと揺れている。

まさか、中で。


ドロシーは嫌な顔をしたが、ややしてから、その一部が裂けて、顔を覗かせたリウは、ちゃんと服を身につけていた。

その後ろには、フィオリナと似て異なる魔道人形フィオリナ(β)がいる。


「なんです? これ。」

ドロシーは一応尋ねた。


「二人用の繭、だよ。」

リウは答えて、繭から外に出てきた。ベータもあとに続く。


「出会ってまだ、数日。」

自分の視線が冷たくなるのを、ドロシーは感じた。

「ずいぶんと魔族は、手の速い民族なようですね。」


「ドロシー、嫉妬はよくない。」

ベータが、ホンモノそっくりの表情で言った。

「リウに抱いて欲しければ、素直にそう言え。わたしはけっこう寛大だぞ?」


「フィオリナそっくりの顔と口調で喋らないでください。」

「すまん。元がどんなものだったのかは、わからない。だが、わたしはわたしだ。」


イタズラでも見つかったようにフィオリナは、照れ笑いを浮かべた。


「案外、アシットに連れ去られたわたしが、本物でランゴバルドにいる方が、コピーかもしれない。」

「オレにとっては、どちらもホンモノでいい。」


リウは、ベータの細い腰を抱き寄せて、唇を重ねた。


「その、二人用の繭っていうのは、そういうことに使うために、作ったんですか?」

「まあ、そとに音は漏れないように、なっている。」

「本気でそういったことに使うつもりならば、おすすめはしませんよ。繭は軽いから揺れるんです。」


ドロシーは、いちゃいちゃしている二人を睨んだ。

「当面の滞在場所が、決まりました。パントラパレス11構造物のコンドミニアムです。エミリアたちには、ホテルに荷物を取りに行ってもらってます。」


仕事が早いね、と感心したように、ベータが言った。


本家のフィオリナは、ルトといい仲になりかけているドロシーに当たりがキツイが、ベータはそうでもい。


「わたしもそこに住んでいいのかな。」

照れたようにベータが言う。


「はい、リウと同じ寝室でよければ。」

「そう言うのって、はじめてなのよね。」

「おや? アシットさんとも、そういう関係だったんでは?」

「わたしは、最初から、お屋敷の離れに住まわされたよ。新市街地のコンドミニアムに越してじたのは、高校に入ってから。

アシットは…そうそう幼い子に手を出すクセはないから、男女の中になったのは、最近だから。」


頬に手を当てて、ほおっとため息をついた。


「おんなじベッドでちゃんと眠れるものかなあ。」


「ベータさんは、身の回りのものだけ、持ってきてください。住む場所を移す以上、アシットさんへもきとんと話しをする必要がありますから、きちんと引っ越すのはそれからで。

あと、リウくん。

新しいコンドミニアムには、おまけが付いています。」


「なんだ、それ?」


「どっかの迷宮に巣くった古代の魔族の魔導師です。マーベルと名乗ってました。あなたとも知り合いだそうですよ。」

「マーベル?

もし、オレの知っているマーベルなら。

本人から転生体か、わからないが、オレのよく知ってるマーベルなら、うん、うまく話せば家賃くらいは出してくれそうだな!」


リウは俄然、やる気が出たようだった。

繭を収納して立ち上がる。


「それ、まだ使うんですか?」

「一緒にのっていくか? パントラパレス11構造物なら、『巣』が繋がってるはずだ。」


ちょっと考えてから、ドロシーは部屋のスペアキーを渡した。

繭に乗らせてもらうことに、恋人同士のベッドに潜り込むような気まずさを感じたのである。


「わたしは少し買い物をして帰りますから、先に戻っていてください。

部屋は1101です。リウくんたちは、二階の部屋を使ってください。きっと気にいると思いますよ。」



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ドロシーが主に酒とその肴になる様なものを、買って帰ると、一同は、まだコンドミニアムスペースの受付にたむろにしていた。


「どうしたんです?」

心配になって、両手に下げた布袋をおこうとすると、クロウドがさっと受け取ってくれた。


「たいした、訳はないんけどな。」

クロウドは、ごつい顔に笑みを浮かべた。

「しばらくやっかいになる新居だ。どうせなら、そろって入ったほうがいいだろうってことで、待ってたんだ。」


ドロシーは、目を見開いた。

そうか。

こいつらは、仲間、だったのだ。


いろいろと欠点の多い仲間であったが、仲間だ。

同じパーティの一員だ。


「笑ってるぞ、ドロシー。」

一日に1回くらいはまともなことを言うマシューがそう言った。

「なにかいい事でもあったのか?」


「まあね。」

ドロシーは、クロウドが下げてくれた袋のひとつを取り上げて、マシューに渡した。

「いろいろ、あったけと、これからいよいよ、『踊る道化師カザリーム編』の始まりってことね!」

「まだ、はじまってなかったんかいっ!」









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