第65話 魔王のお引っ越し1

仲介業者は、パントラパレス11に決めようと思う、というドロシーの話をきいて、急に不安げになった。


「いや、よろしければ、こちらの物件の方がおすすめです。あるいは、ミロクセンター構造物の最高層の部屋はいかがでしょう? 特別にお値段を交渉いたしますが・・・」

「値段が少々高すぎます。確かに、わたしたちは銀級の冒険者ではありますが、カザリームではまだ右も左もわからぬ新人。まだ見習い中の者もおります。

本格的に依頼をこなせる体制も整わないうちに、あまり生活を贅沢にしてしまっては、先行きが不透明になりすぎてしまいます。」


「そうですな・・・」

仲介業者は、海千山千のベテランのようではあったが、完全に目が泳いでいた。

後で、トラブルになっては、不味い相手なのだ。

あのアシット・クロムウェル導師の紹介状を持った、あの「踊る道化師」なのだから。

「あの部屋は、前に住んでいた方から、少々その・・・苦情があった部屋でして。」


「はあ。どのような。」

ドロシーは冷たい目で男を睨んだ。


「夜中に、謎の呪文の詠唱が聞こえたり、どこからともなく風が吹き込む、と。」


あの魔導師が、異界とあの部屋を繋げようとしたからだな。

ドロシーとエミリアは、顔を見合わせた。


「・・・・それは・・・」

「このような物件を紹介してしまったことは、アシット老師には、ご内密に。」

男は、口早に言った。

「もし、別の物件に決めていただけるなら、お家賃の方は、所有者にわたしくどもから交渉させていただき」

「いろいろな条件を加味すると、あの部屋が一番良いのです。」


ドロシーは、男を睨んだ。


「あの部屋に決めます。賃料の件は・・・」


半ば脅迫するような形で、賃料を値下げさせたドロシーは、契約書にサインをして、エミリアと一緒に、仲介業者の部屋をでた。

もちろん、値下げはさせたが、保証金はきちんと支払っている。


クラード高校の受付に、二人が戻った時、もうクロウド、マシュー、ファイユは、受付で待っていた。

マシューは、うれしそうに手を振った。ファイユも手を上げて笑った。

「部屋は見つかったのか?」

クロウドが、パンを齧りながら言った。 


「我らが陛下は、今宵から新居にお移りなることをご希望だ。」

エミリアは、冷たい声で言った。

別段、クロウドに含むところがある訳ではない。


彼女にとっては、クロウドも「ロゼル一族」の配下の一人ように認識している。

部下にそうそう、甘い顔をしないのが、盗賊の首領というものだ。


「パントラパレス11構造物の1101だ。ホテルから、荷物をまとめて、午後6時に集合。リウさまとわたし、ドロシーの荷物も頼む。セキュリティキーは、ファイユに渡しておく。食事は七時から。引っ越し祝いを兼ねている。途中で買い食いなどはするなよ。」

言っているうちに、エミリアは、だんだん不安になってきたらしい。


ドロシーを振り返り、

「リウ様とベータのお迎えを頼んでいいかな。」

「エミリアは?」

「こいつらを引率して、ホテルの荷物をとってチェックアウトをすませてくる。」


「いきなり、引っ越して大丈夫なのか?」

時々、まともなことを言うマシューが、口を挟んだ。

「その・・・家具やら調度品やら・・部屋の掃除やら。」


「家具は、カーテンやベッド、布団、あと食器も備え付けで、用意できてる。必要なものはあとから、買い足すことにして、引っ越しを優先する。

あと、掃除はいま、同居人がやってくれてるはず。」


「同居人がいるのか?」

鈍いマシューもさすがに、妙なことを言い出すと思ったらしい。

ドロシーは、頷いて、マシューの頬をそっとふれた。


「世界制覇を企む悪の魔導師だけど、気にしなくていいから。リウくんの昔馴染みらしいし。」


それで納得するマシューは、現実から逃避しているのだろうか。


さて、と。と、ドロシーは気合を入れる。

これからリウを迎えに行かないとならない。しかも一人で、だ。

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