第64話 魔女と盗賊と事故物件

エミリアは、コンドミニアムの仲介業者から、キーを預かっていた。

各建造物は、入り口ばかりではなく、「繭」の発着スペースにも、受付と称するセキリティを設けていている。

特に、個人の住宅が多いコンドミニアムスペースには、出入り用のキーがないものは、なかなか、入ることも出来ない。

エミリアが預かったキーは、今回紹介された物件を出入りができる特殊なものだ。


最初は、一番距離が近く、土地柄もよいパントラパレス11構造物は、コンドミニアムスペースのある8から18階までは、昇降用の繭の発着場も別になっている。

コンドミニアムスペースから、他の建物への繭での移動はできず、少々不便な反面、セキュリティ対策は、安心度が高い。


重厚な木製のドアを開けて、中に入ったエミリアが、呆然と立ち尽くす。

玄関は、11階なのだが、開けたた途端に、11階と12階が吹き抜けになった、広大な空間があらわれる。

ここが、コンドミニアムであることを忘れてしまいそうな、作りだった。


階段は緩やかなカーブをもって、上階に続いている。

一段一段が、たっぷりとってあって緩やかだ。


「もともとは、高級外交官用の滞在施設じゃないの? これ。」

資料を読みながら、ドロシーが言う。


「そのつもりでつくったら、外交府の迎賓館に滞在施設が、出来てしまったということで。」

エミリアはしっかりと資料を読み込んでいるようだった。

「二階は、貴族クラスが女連れで滞在できるように、ゆったりと作られている。

広さはさすがに、普通の屋敷には劣るものの、たっぷりとした広さのベッドのある寝室には、

酒を楽しめるバーカウンターまである。廊下にでずに続くクローゼットは、まあ、下町暮らしなら一階四人で暮らせる広さがあった。

デスクのある執務室。ここには応接セットも置かれている。

当然のように、足をゆったりと伸ばせる風呂やトイレも別にあった。


一階は、事務官や護衛の者が、宿泊するスペースらしく、用意された家具ももう少し簡易なものであったが、それでもベッドが二つずつある寝室がみっつ。

別にリビングスペースがあって、10名程度なら食事がとれるテーブルもある。


そのほか食器など、生活に必要なものは備え付けだった。

あとは、これもカザリームでは普通らしいのだが、照明がすべて電気なのはランゴバルド出身のドロシーにはありがたい。


「案ずるよりなんとか、で。」

エミリアはいくぶん、ほっとしたように言った。

「ここなら、冒険者事務所にも学校にも近い。このくらいの家賃なら、路銀が尽きるまで、二ヶ月はある。それまでに迷宮探索が軌道にのるかだが、まあ、稼ぎ方はほかにもあるし。」


「問題はあるわ。」

ドロシーが、吹き抜けになったエントランスのシャンデリアを見上げた。

風もないはずのそれが、ゆらり、ゆいらりと揺れた。


「まあ、リウ様が気にいるか、という根本的な問題はあるが。」

エミリアは、すでにけっこう、乗り気だった。

「メイドを雇う件は改めて相談するとして、場所はここでいいんじゃないか?」


「家賃が割安すぎるのよ!」

「安い分にはいいんじゃないか?」

「なんか、よくない理由がついてくることが、多いのよ!」


シャンデリアが、瞬くように揺れた。

蝋燭ではない。

電気による照明はそんな揺れ方は、普通しないのだ。


そして、そのまま。ふっと消えた。


魔女と盗賊は身構えた。


コンドミニアム型の住居は、採光が十分にとれない部屋も出来てしまう。

ここならば、まさに玄関をあけたエントランスがそうだった。

ほぼ、真っ暗になった部屋の中で、何かが身悶えするように、咽び泣いた。


部屋の温度が、急激に下がっていく。


「これ。」

魔道の知識のあるドロシーも、実戦経験豊かなエミリアにもわかった。


“ここ”が、世界から分離されていく。

それは、高度な術者が作り出す別世界。

それをひとつの「世界」として固定したものを、ひとは迷宮とよぶ。


「死霊魔術師マーベルの世界にようこそ。」


陰々と響く声は女性のものにきこえた。


「ガルハド幻影宮から、ここまで入り口を繋げるのは、我が究極の魔道をもってしてもなかなか苦労した。我はここより、カザリームを逆侵攻し、地上の支配者となるのだ。


あまりに強力な自我を前にすると、人は思考ができなくなり、その者の意のままになる。

ドロシーとエミリアは、普通の人間だった。

神獣、真祖、古竜といった上位存在ではない。


目の前に現れた古代の魔族のような衣装に、身を包んだ女の邪悪な笑いに、金縛りにあったように身動き一つできなくなる。


「ああ。」

舌なめずりしながら、女はドロシーの顔に、顔を近づけた。

「一千年ぶりの血潮の香りじゃ。お主はまだ生娘じゃな?」


「そんな!バカな!」


エミリアが叫んだ。驚愕のあまり呪縛が解けたのだ。


「なんで、この浮気女が処女っ!!…」

「ジウルとは最後まではしてません!」


ドロシーも怒鳴り返した。

上位存在のもつ呪縛が。ええっと。


「この世界は魔族のものだ。」

なんとか気を取り直して、女は宣言した。

「かつての我が主人、バズス=リウ陛下の波動を、つい先日、この地で感じたのだ。

我はここに、陛下をお迎えする。そしてここを礎として魔王国を再現するのだ!」


鉤爪のはえた手を、ドロシーの手がしっかりと握った。


「そうなんだ。じゃあ、これからよろしくね。わたしは『踊る道化師』のドロシー。」

「同じくエミリアだ。これから、わたしらは、ここの契約のために業者のところに行き、そのあしで、リウさまを迎えにいく。」


エミリアは、懐からダル紙幣を何枚か差し出して、死霊魔術師に握らせた。


「それまでに、部屋をよく清掃して、換気もしておけ。料理はできるか?」


死霊魔術師は、ぶんぶんと首を横に振った。


「ならそれで、なにか出来合いのもの買ってこい。おまえも入れて八人分だな。

リウさまを連れて帰るのは夕方になる。頼んだぞ。」













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