第59話 紡がれた約束

「元凶としては、少し、ご説明を頂けますでしょうか?」

ドロシーは、アシットの隣に座った。


競技者用の控室は、それほど居心地はよくない。奴隷や犯罪者を無理やり戦わせた時代の名残りだと言うのだが、壁はやたらに頑丈で、装飾物は皆無。

一応は、座れる高さの石が転がしてあって、おまけに、入り口には施錠。競技場にでる出口の方は、巻き上げ式の鉄格子の扉が降りている。


「どこから、話せばいい?」

アシットは、恨みがましそうに、ドロシーを見た。


「最初から話し始めて、終わったらやめてください。」


アシットはため息をついて、話し始めた。ドロシーにしてみれば、ここに至っては眞相云々よりも、話した方がアシットにとって楽になる、そんなふうに思ったからだ。



競技会場は、騒然としている。

戦うべき二人が、戦いもせず、愛の告白らしきものを始めてしまったのだ。

「戦わせろっ! 戦うように指示できんのか!」

と、何人かが、審判席に詰め寄った。


わあああああああっ!


誰かが悲鳴のような声を上げた。


ざわざわし始めた会場でさえ、その声は響き渡った。


「あ、当たったあぁあぁあああああっ!」

籤を振り回しながら、叫んだのは、まだ20代の若者だった。

「二人が和解して終わるに全財産一点がけ! 配当は1万五千倍だあああああっ!」


よりにもよってそんな目にかけたやつがいたのか。


そうなのだ。この決勝戦がどちらの勝利で終わるか、にはじまって、何勝何敗か、死者は出るか、など様々な分野で多数の賭がおこなわれていた。

そんな当りでも「賭け」られていたということは。


これもまた「あり」な結末として受け入れるしかないのだ。

ざわめきは急速に収まった。



「こんなわたしを受け入れると?」

フィオリナ・・・・わかりにくいので、彼女の学績名簿から取った名前を一部とり入れて、フィオリナ(β)と呼ぼう。フィオリナ(β)は、怒ったようにリウに詰め寄った。

距離近い。もうちょっとで唇がふれそうな。

あ、ふれた。


「オレは、フィオリナが欲しいんだ。」

キスを返しながら、リウは言った。

「おまえは、フィオリナ以外の何者でもない。」



「ぼくは。」


絶世の美男美女の告白劇、しかも劇的な告白劇である。全員の視線が二人に集まる中、ドロシーだけは辛抱強く、アシットの告白を聞いている。


「魔法の天才だと思ったいた。ぼくを凌ぐ才能のあるヤツなんて、神話の世界にしかいないと。いや神話や伝説の生き物だって、ぼくはいつかは凌駕できる。そう思っていた。

カザリームの市長。そんなもの、ぼくには役不足だ。ぼくはいつか世界を変える。

伝説に生きたものたちからも一目置かれる存在になる。」


「たとえば?」


「そこで、例えばって言葉を挟むかな・・・・そうだな、例え魔王宮に封じられた魔王バズス=リウ。太古の神獣ギムリウス、神竜皇妃リアモンド。」


そこら辺ならなんとか紹介はしてあげられるけどね。

と、ドロシーは心の中でつぶやいた。

むしろ、いま名前が上がらなかった賢者ウィルニアや真祖ロウ当たりがすねるかもしれないのが心配だ。

それと、あれとは、会いたくないのだろうか、邪神ヴァルゴールとか。


「ぼくは、市長の座を弟に譲って、留学することにした。

グランダは遠かったが、なにしろ、生ける伝説の魔導師ボルテック卿の指導を仰げるのだ。

まだ、ぼくは10歳になったばかりたったけど、あのときの胸の高鳴る気持ちは、いまでもよく覚えている。」


組んだ腕のなかに、鼻を突っ込むようにして、ガザリーム最高の魔導師は、ぼそぼそと語り続けた。



「わ、わたしはっ!」

フィオリナ(β)は、リウの胸に顔を埋めるようにして、叫ぶ。

声はしっかり、拾われて1万を越える大観衆に筒抜けだ。

この年のうちに、このシーンを盛り込んだ舞台は、二十を越えることになる。

「わたしは、アシット・クロムウェルの女です。わたしを奪おうとすれば、アシットが許しはしない。」

「オレは、欲しいものを前にすると、邪魔者をうっかり踏み潰してしまうタイプだ。」


その典雅にして剛毅な物言いよ。

舞台化されたこの物語がヒットして、リウ役の俳優に関心が移るまでは、リウは外出時にサングラスとストールで顔を隠す生活を続けるはめになったのは、後日談である。


ドロシーは、人伝てに聞いて、アシットの話に集中していて正解だと思った。誰が好き好んで、リウがフィオリナを口説くところがみたいのか。



「ボルテック卿は・・・なんというか恐ろしい方だったな。」

「恐ろしい・・・ですか?」

とにかく、ジウル・ボルテックは自分のことを語ってくれないので、ドロシーはそう聞き返した。


「そうだ。生徒にも致死性のある攻撃魔法を予告無しに、ぶっぱなして来るんだぞ。おかげで、障壁の自動展開が早くなったこと早くなったこと。」


「彼、いやボルテック閣下とは、仲良くなられたのですか?」

そうだな、とアシットは懐かしむように表情を和らげた。

「それなりに目をかけてもらっていたようには、思う。自室にも何度も招待してもらって、夜がふけるのも忘れて魔法談義をしたものだ。」

「まあ、羨ましい。」

「うらやましいか?

いや、お主は、拳法に魔法を混在させて戦いうが、もともとは魔法士か?」

「はい、グランダ魔道院にも一時、籍を置いておりました。ごく最近のことなので、すでにポルテック閣下は院を離れておいででしたが。」

「そうだった!」

アシットは、思い出したように言った。

「お主はたしか、魔道院とランゴバルド冒険者学校の対抗戦で、名をあげたのではなかったか?」

「よく、ご存知ですね。」

ドロシーは微笑んでみせた。



「オレとおまえのあいだに立ち塞がるものは、すべてオレが倒す。

だから、オレと一緒にいろ。オレならおまえと、ランゴバルドのフィオリナの差も埋めてやれる。」

「分かった。」

フィオリナ(β)が、そう言って微笑んだとき、光が一条。2人を祝福するように指した、と言う。

しっかりと抱き合う二人を、万雷の拍手が包んだ、という。


ドロシーは、アシットにかかりきりだったので後で聞いた話だ。特に感銘も受けなかったので、真偽を問うこともしなかった。

確かに立っているだけで、拍手喝采に相応しい美男美女であったし、日の光をスポットライト代わりに使うなど、魔王ならいくらでもやってのけるだろうから。

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